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コラム

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第1回 「受験システムを作りそれに乗っていくこと」

 受験生活を軌道に乗せるためのポイントをご紹介しましょう 新年度が始まり、受験に向けて始動する時期になりました。受験勉強を始めたばかりで、「私は、受験勉強はすでに軌道にのっている!」と言える人は、まだまだ少ないかもしれませんね。そこで、今回は「受験生活・受験勉強を軌道にのせるための心理学」についてお話ししましょう。

●人は「システム」に支配されている?
ところで、人間は個人においても集団においても自分で気づかないうちに、ある程度行動が制限されている、あるいは自らが無意識に行動を制限して生活しているものなのです。あるいは自然にそれぞれの行動パターンが決まってしまう傾向があるとも言えます。このようなことを心理学では「システムに支配されている」と表現します。例えば、「家族は1つのシステム」なんです。家族が一堂に会して食事をする時、家族のどのメンバーも毎朝・毎夕同じ席に座っていませんか?それは前もってその席に決められた場合もあるでしょうし、自然に決まってしまった場合もあるでしょう。このように家族生活に代表されるように、人(あるいはその集団)は毎日同じ行動パターン(あるいは秩序)を繰り返している部分があるのです。このような「何らかの秩序をもった集まり」や「行動パターン」などのことを「システム」と言います。世の中にはこのようなシステムが、たくさん存在しています。皆さんが通っている学校もシステムですし、行政や国家もシステムの1つです。人間はシステムに取り囲まれて生きているのです。サッカーなどの団体スポーツ競技でも、よくシステムのことが取り上げられていますね。どのようなシステムを取るかで攻撃や守備の仕方が変わりますし、システムを充分に機能させることが、そのチームの強さにつながるものです。

●「受験システム」を作るということ
 実は、皆さんも今この時期にあらたに自らの「受験システム」を作ろうとしているのです。1つの目的達成のために自分の行動を変化させたり、制限させたりしようとしているのですから、今まではなかった新しいシステムを自分の生活の中に組み込もうとしているわけです。今までの生活にしっかりと「受験システム」を組み込むこと・構築することができること、これが「受験勉強を軌道に乗せること」と言えるでしょう。 では、どうすれば自らの「受験システム」を構築することができるのでしょうか? そのためには3つのポイントがあります。1つめは「システムの決定と実行」。2つめは「システムの評価」。そして3つめは「システムの変更とご褒美」です。これらのポイントについて、お話ししていきましょう。

●受験システムを作るポイントその1:システムの決定と実行
 システムとは「行動のパターン」でしたね。だから、これから受験のためにほぼ毎日行う「具体的な行動パターン」を1つ以上決めて、実行することが大切です。この行動パターンとは、決して「英語をがんばる!」「目標東大!」などという精神論的な目標とは違います。例えば「平日は夜8時から12時までは勉強の時間とする」とか「学校帰りは町の図書館で閉館時間までいる」などという具体的な時間や場を設定した行動目標が良いでしょう。このような何か1つの行動パターンをまず決めてすぐに実行してみることです。最初は中味(その時間どれだけ勉強したか)はあまり重視しません。その時間にその場(自分の机、塾、図書館など)にいるという行動をしているかどうかが大切です。現代心理学においても「まずは“行動”、“心(やる気や集中力など)”は後からついてくる」と言われているくらいですから、まず行動を重視することが大切です。

●受験システムを作るポイントその2:システムの評価・システムの変更とご褒美
 次に、その行動パターンを1週間ごとに継続しているかをチェックします。しっかりと続いているようであればOK、そのまま続行です。もし続いていなかった場合、多くの人はここで精神論者になってしまいます。「ああ、なんて俺はやる気がないんだ!」「集中力がないぞ!もっとがんばれ!」などと、つい自分を責める人も多いかもしれません。1度決めた行動パターンを守られなかったのは、「自分が悪い」のではなく、むしろ「行動パターン(システム)が悪い」のです。この場合に大切なのはシステムの変更です。その行動パターンは自分に合わないのですから、すぐに新しい行動パターンを考えて、始めて下さい。「自分の心(やる気など)に原因を求めない」ことが大切です。 しっかりと行動パターンを1週間守っていたら、チェックの後に何かささやかな自分へのご褒美(例えば、好きなものを食べるも良し、好きな曲を聴くのも良し)をあげることをすると良いでしょう。もしさらに1ヶ月続いたら、もう少し大きめのご褒美を自分にあげましょう。まさに自分で自分をほめてあげて下さい。もちろん次第にその行動パターンの中味も充実させていくことも大切ですね。

●自分にフィットした受験システムを行動しながら見つけていこう
 受験はまずは1つの行動パターン(システム)を作ろうとすることから始まります。あなた自身にフィットする「受験システム」が必ずあるのです。そのようなシステムを、行動を通して少しでも早く見つけ、それに乗っていくことが、「受験勉強を軌道にのせること」なのです。 最後に、このシステムを見つけていくための簡単な指針を示しましょう。これはある心理学の考え方からとってきたものです。 もし上手くいっているのなら、それをなおそうとするな もし一度上手くいったのなら、またそれをせよ もしも上手くいかないのなら、何か違ったことをせよ 皆さんが自分にあった「受験システム」をいち早く見つけられることを祈っています。
 さあ、何はともあれ、まずは行動開始ですよ~!

第2回 「受験生にとっての恋愛心理学」

 受験生活での恋愛の心理をいかにコントロールするかを考えてみましょう 今月のテーマは「受験生時代における恋愛」です。恋愛に興味のある方もない方も、現在恋している方もしていない方も、以下の考え方を参考にしてみて下さい。結論から言えば、受験生にとっての「恋愛」とは、そのあり方によって悪魔にも天使にもなりうるということです。さて、受験生としてどうすれば良いのか、さっそくお話ししましょう

●人が恋する時の2つの状態
 受験生である思春期の年代は、いわゆる「恋するお年頃」です。ある日、突然1人の異性に惹かれてしまうことが、いつ起きてもおかしくない時代ですし、起こるのは当然と考えた方が良いでしょう。そのような気持ちを止めることは、誰にもできない・・・と言ったら言い過ぎでしょうか?  一方で、皆さんは「受験」という特殊な時期を迎えているわけですから、そのような気持ちのコントロールをしていかなければなりません。ホント難しいですね。 ところで人は恋をすると、彼氏・彼女など好きな相手への自分の想いをどのように処理しているかによって、簡単に2つの状態に分類できます。1つは「妄想・退行」状態、もう1つは「想像・昇華」状態です。それぞれについて簡単に説明しましょう。

① 「妄想・退行」状態: ある人を好きになると、その相手との思い出や相手が今何をしているかなどということを考えてしまい、今の自分の目的や行動が見えなくなったり、おろそかになってしまう状態。 例えば、家で勉強しようと机についている時でも「彼は今頃何をしているかな~?」などと妄想し、勉強などが手につかない。いわゆる自分の欲求に巻き込まれてしまっている状態。

②「想像・昇華」状態: 好きになった人と自分との主に未来の姿を想像して、そのために今の何らかの目標を達成しようと行動している状態。 例えば、自習室での彼女の姿をちらりと見ながら、「彼女もがんばっているから、俺もがんばろう!」という想いを抱いて勉強に集中しようとする。自らの欲求を自己実現へのエネルギーに変えられている状態。 受験生にとって適切な恋愛の状態は、後者の「想像・昇華」状態であることは明らかですね。受験生が恋愛している時、「想像・昇華」状態であれば受験勉強にとってはプラス、「妄想・退行」状態であればマイナスと考えて良いでしょう。ちなみに「昇華(しょうか)」とは心理学用語ですが、簡単な定義は「自分自身の強い欲求を、社会に受け入れられる価値ある行動へと置き換えること」です。受験生にとっての「昇華」とは、強い欲求である恋愛感情などを「社会に受け入れられる価値ある行動」である受験勉強する力に変換させることです。

 では、どうすれば恋愛に対してマイナス要素である「妄想・退行」状態から、「想像・昇華」状態に変えていくことができるのでしょうか? まず最初に大切なのは、自分が「妄想・退行」状態になりつつある(なっている)ならば、それを意識することですが、その前提の上で以下に「妄想・昇華」状態から抜け出すポイントを示しましょう。

●未来を積極的に想像し、現在のガマン行動を明確にする
 恋をすると、不思議と人は過去(思い出)に引きずられる傾向が強くなります。「あの時、ああしていれば・・・」とか「あの時のあの子かわいかったな~」とか想像(というより妄想)して、過去の出来事に引っ張られて「今を生きて」いない状態になってしまうのです。図式的に表現すれば「過去←現在」の思考状態です。これを「現在←未来」の思考に切り替えていくのです。さあ、どうぞ思いっきり想像してみて下さい。来年の3月末、この受験生活が終わってからの自分、そして好きな相手の状況について・・・。楽しいことなら何でもかまいません。「受験が終わったら、思い切って相手に告白」「どこかに一緒にデートに行く」「二人で同じ大学へ入学」・・・自分勝手な想像でかまいません。未来のポジティブな想像は、その人に力を与えます。思いっきり明るい未来を想像して下さい。そのように未来の自分(+相手)のことを想像した後に自分に次のように問います。「では、そのために、今ガマンすること・すべきことは何?」そして、その問いの答えを必死に考えて下さい。例えば「今は話しかけない。すべてが終わったら話しかける」「メールは1日3回まで。それ以上はしない」などなど、思いついたことは、何かに書き留めておくか、机の前にでも貼って、何度も見直すようにしましょう。そして自分に次のように言い聞かせるのです。「今、耐えた分だけ、来年の春には、明るい未来がやってくる」 まさに明るい未来のために、今のガマン行動に意識を向けていくことが必要なのです。このように未来を積極的に想像し、現在のガマンの行動を考え実行することによって、過去を引きずって現在の行動を麻痺させる「妄想・退行」状態を「想像・昇華」状態に変化させていくことができるのです。

●「妄想・退行」状態が強い時は「距離」をとる
 でも、このような工夫をしても、どうしても「妄想・退行」状態になってしまう人もいるかもしれませんね。どんなに意識・工夫をしても「想像・昇華」に変化できないのは、その対象(好きな相手)とハッキリと「距離」をとる必要があるというシグナルと考えて良いでしょう。実際に会わないようにしたり、相手との思い出の品など(なければ相手の写真や名前を書いた紙でも構いません)を段ボール箱などに入れてガムテープをして、来年の春まで開けないと決めるのです。そのような距離をとろうとする行動による「ガマンのパワー」が、受験勉強パワーへと「昇華」されるはずです。 恋愛とは、人生にとってのスパイスとか大切な営みと言われていますが、以上お話ししたように、受験生にとっては「妄想・退行」状態は悪魔であり、「想像・昇華」状態なら天使であると言えるでしょう。

 今恋をしているあなた? あなたの今の状態はどっちですか?

第3回 「受験生にとっての親との付き合い方」

 親に受験の応援団になってもらうために、あなたができること 受験生活の調子はいかがですか? 生身の人間ですから、もちろん日によって調子の良し悪しはあるでしょう。その調子を左右させる要因の1つに「人間関係」がありますよね。心理学は「人間関係を考察する学問」でもあるので、皆さんが受験生活を良好に送るための「人間関係」のヒントが、たくさん隠されています。今回は「親との関係」について、参考になりそうなものをご紹介しましょう。

●「思春期」は子どもだけのものではない!?
 今の皆さんにとって、親はどのような存在ですか?「勉強しろ」と言うばかりのうっとうしい存在、それとも見守ってくれる安心できる存在でしょうか? いずれにせよ、物理的にも心理的にも「親」という存在は、皆さんの身近にいることは確かですから、親から何らかの心理的な影響を少なからず受けているものです。 思春期真っ直中の皆さんが、精神的に不安定になりやすいのは、以前もお話ししたように当然ですが、実は思春期の子どもをもつ親の世代も、心理的に不安定な時期を迎えていることが多いのです。それは「第二思春期(あるいは思秋期)」とも言われて、中年期から老年期の移行期にくると言われています。そう、皆さんの親も不安定な(2回目の)思春期を迎えていると考えても良いのです。 私は「家族療法(家族カウンセリング)」を専門としていて、家族みんなが参加してもらう形でのカウンセリングを行うことが多いのですが、まさに「家族全員が思春期で、心理的に嵐のような混乱状態」というケースと出会います。思春期は、子どもだけでなく親にもやってくる、まさに家族全体が、思春期に巻き込まれてしまっているのですね。

●思春期は心理的に「投影」という現象が起こりやすい
 今、親に対して、「うっとうしい」とか「うるさい」「話すとイライラする」など、ネガティブな気持ちを持っているあなた! おそらく「巻き込まれている」と考えて良いですよ。それは別の言い方をすると、自分の内なる心理的不安定さが親に「投影」されているのかもしれません。 「投影」とは、自分の心理的側面の一部分を他人に置き換えることにより、自分の心理的側面の一部分をあたかも相手が「本当に持っているかのように」錯覚する心理プロセスを指します。例えば、ある友人の態度を見て「あいつは自分のことを嫌っているに違いない」と感じてしまうのは、実は自分がその友人をもともと嫌っていることを、相手に置き換えて感じてしまっている。これも1つの「投影」現象なのです。  実は、思春期は「投影」が起こりやすい時期でもあります。(思春期において、友人関係が複雑になるのはこのせいでもあります。受験生の友人関係・恋愛関係については、また次の機会にお話ししましょうね~!)
 この「投影」があなたと親との間で共に起こっている。親自身の不安定さを親は子どものあなたに見出し、あなた自身の不安要素をあなたは親に見出す・・・いや~これは複雑ですね。

●親に対して「課題の分離」を行うことが大切
 これら「第二思春期」「投影」という心理的状況は、皆さんが受験勉強をしていく上で、正直じゃまですよね。これらに揺さぶられずに今後の受験生活を落ち着いて過ごすためにも、それらの状況から抜け出す必要があります。 その一歩が、事あるごとに「ああ、うちの親も今私と同じ思春期なんだなあ~不安(定)なんだろうなあ~」と考えてみること。そして「自分が考えること・やることと、親が考えること・やることを区別する」つまり「自分のこなすべき課題と、親の課題とを区別する」よう心がけることです。できるなら、親とこのことについてキチンと話し合ってみることも良いでしょう。親が「自分がこなすべき課題」に口をはさんできた時には、毅然と自己主張すること、例えば「受験勉強については、私自身の問題だからお父さん・お母さんは黙って見守っていて欲しい」と、冷静に(感情的にならずに)自分の意見を述べることは大切でしょう。 このような作業を、心理学では「課題(責任)の分離」と言っています。この「課題の分離」をやっていくことが、思春期の巻き込まれから抜け出せる、成熟した大人の対応の仕方と言えます。

●あなたが「主体的な受験生」になれば、親は応援してくれる存在になる
 この「課題の分離」とともに、受験に関することは、すべてあなた自身が、責任もってやっていこうという態度・行動が伴えば、あなたは「受験生として主体的に生きている」ことになります。しっかりと親に「主体的な受験生」の姿を見せていきましょう。そうすれば、親もあなたを自らの人生を切り開こうとしている一人の大人と認めて、安心して受験生活を応援してくれる存在になってくれるはずです。 あなたと親との関係の最も良い形は、このような「応援(協力)関係」になることなのです。

第4回 「集中力を高めるためのひと工夫」

 集中力とは何か?そしてその能力を十分に発揮させるための方法をご紹介しましょう。 さあ、人生の中で最も勉強する(?)夏の季節がやってきました。充実した夏の期間を過ごすために、自らの「集中力」について、ちょっと立ち止まって考えてみませんか? 集中力は「才能」ではない、「能力」である! これからの夏本番を迎えて、「さあ、これからがんばろう!」と思っている人は多いでしょうね。夏の季節は学校などがお休みということもあって、予備校などでも夏期講習が企画されて、まさに集中的に受験勉強に取り組む時期ですよね。そこで今回のテーマは、この時期に本格的に勉強に取り組んでいくためにも「集中力を高めるには?」です。

 ところで皆さんは、「自分は集中力が足りない」とか、「なかなか集中できない!」と悩んだことはありますか? 一般的には、「集中力」とは、ひとつのことに心身ともに傾ける意識・意志の力のことを指しているようですが、そのような集中力を高めるには、どうすれば良いのでしょうか? 自分自身の子ども時代を思い出してみてください。誰にでも遊びや趣味など、何かに夢中になって、思わず時間を忘れてしまった経験はあるでしょう。その夢中だった時、まさに皆さんは「集中」していましたよね?

 このように「集中力」とは、言い換えれば「夢中力」あるいは「没頭力」なのです。それは誰もが持っている力、つまり集中するということは、特別な「才能」ではなくて、誰もが持ち、誰でも発揮できる「能力」なのです。もし、「最近、集中力がなくて~」と感じていたのなら、それは集中(能)力を発揮するコツや、集中するという感覚をちょっと忘れているだけなんです。 集中力と脳内物質について ちなみに集中力が発揮されている時は、脳内ではドーパミンと呼ばれる神経伝達物質が活発に分泌されていると言われています。ドーパミンは、何か興味・関心のあることをしている時に分泌される脳内物質で、脳を覚醒させる作用を持っています。このドーパミンの働きで、集中力が高められていくと考えられています。ところが、いざ受験勉強となると、自分の興味や関心のあることばかりではないのが現実。このために、勉強においてなかなか集中力が発揮できないという状況に陥ってしまうのです。

 実は脳内物質で集中力を発揮させるのは、ドーパミンだけではありません。甲状腺刺激放出ホルモン=TRH、別名「やる気のホルモン」が集中力をサポートするとも言われています。このTRHの分泌を促進させるためのいくつかの方法があるのですが、ここでは2つ紹介しましょう。1つめは、「トークン(報酬)法」。2つ目は「長息呼吸法」です。 それぞれについて説明していきます。

「トークン(報酬)法」とは?
  「トークン法」とは、簡単に言えば、勉強などを実行した結果、何らかの報酬(あるいはご褒美)を得られるようにすることです。このような方法は、心理学において「トークン・エコノミー法」といって、報酬によって、ある行動を強化するために行います。ちなみにこの報酬の中身はどんなことでもかまいません。例えば、今日やる項目をメモ帳1ページ分に書いて、それを終えるごとに1つずつ各項目を塗りつぶす。1日の予定を全部終えたならば、メモ帳の1ページは全部塗りつぶされているでしょう。その塗りつぶす時の心地よさ~このような些細なことが、報酬(トークン)になりうるのです。他にもお店でもらうようなポイントカードなどを作って、勉強で1つのことをやり終えたらそのスタンプを押す、スタンプが20個たまったら何かご褒美を自分に与える~というのも良いでしょう。大学合格という大きな目標のために、トークンを得るという小さな・ささやかな目標を立てて、こなしていくという行動を続けることにより、自然に集中力が上がっていきます。

「長息呼吸法」とは?
 次に「長息呼吸法」です。実は、先ほど述べた「やる気のホルモン」は、心身のリラックスと大きな関連があります。そのようなリラックス状態を作り出すための1つに、ヨガなどの呼吸法に見られるような「息を完全に吐ききること」があげられています。そのように息を長くゆるやかに吐いている間は、いわゆる副交感神経(意志とは無関係に内臓や血管などの働きを支配する自律神経の1つ)が働き、とてもリラックスできるのです。そのような「長息呼吸」を日常的に行うことが、脳内の「やる気ホルモン」の分泌を促進し、結果的に集中力を高めます。

 では、そのような長息呼吸法の1つをご紹介しましょう。

① 3秒間、鼻から深く息を吸う (体の中心のへその下に向かって吸うイメージを持ちながら)
② そのまま2秒間息を止める (へその下に力を入れて)
③ 15秒間かけて、少しずつ息を吐き、完全に吐ききる (口をすぼめて少しずつ吐く)

  このような①から③の「吸う・止める・吐く」を1セットとして6セット行います。すると、ちょうど2分間の呼吸になりますね。この呼吸法は、明治大学の斎藤孝先生が考案したものですが、実際やってみると、体はリラックスしながらも、意識は研ぎ澄まされ、集中した状態になっていることが、よくわかると思います。勉強の合間や始める前にもこの呼吸法を行うと、集中力が格段に違ってくることでしょう。この呼吸法は1日に何回やっても大丈夫。気づいた時に、どんどんやってみてください!

 さあ、自らの「やる気ホルモン」を活性化して、集中力を最大限に発揮するために、以上ご紹介した2つの方法をぜひお試しあれ! これで集中力をつけて、充実した夏をお過ごし下さい!

第5回 「受験生が「ひと休み」するということ」

 夏が終わろうとしているこの時期、「ひと休み」をすることが、むしろ受験生活では大切。それはなぜか? 早いもので、夏も終わりですね。この夏、がんばれた人も、がんばれなかった人も、本格的に踏ん張り始める秋を迎える前に、ちょっとひと休みしませんか? 今回はこの「ひと休み」の意義と効果的な方法を考えてみましょう!

  この夏の受験勉強は、計画通り進みましたか? この夏は、思う存分受験勉強ができましたか? まあ、人生はそう予定通りにはなかなか進まないもの。「ああ~しっかり勉強できなかったなあ~」と後悔している人も多いかもしれません。または、「これからの秋、本格的に受験勉強をやっていけるのだろうか?」と先々を考えて、すでに心配になっている人もいるかもしれません。 この夏の終わりの時期は、季節が変わるとともに、受験生活においても、1つの「節目」であることは確かです。この節目を境に本格的な受験勉強が始まると言っても過言ではありません。

 でも、このような節目には、心の中では思わず先ほどのような「後悔の念」や「これからの心配」が、つい頭をよぎってしまうものなのです。 心が“過去”や“未来”に引っ張られると? それらの感情や思考が起こってくるのは、多かれ少なかれ、ある程度の緊張を強いられている受験生活を過ごしている人間にとって、ごく自然なことです。 実のところ、「後悔の念」とは、ある意味では「心が“過去”に引っ張られている状態」なのです。

 また、一方で「先々のことを心配する」というのも、「心が“未来”に引っ張られている状態」と言えます。このように、人の心が“過去”や“未来”に引っ張られてしまうことが、あまりにも強くなってしまうと、そこから「心の健康」が崩れてしまうということもあり得るのです。 ちなみに、過去に引っ張られすぎると「うつ」が強くなり、未来に引っ張られすぎると「不安」が強くなるという心理的な傾向があります。過去・未来のどちらにしても、どちらかに引っ張られすぎると、このように人の心には陰性の感情が生まれてくるのです。

 「今、ここ here & now」を大切にすること
そうならないように、じゃあどうすれば良いのか? それから抜け出すキーワードが「今、ここ here & now」なのです。 過去や未来に行ってしまいがちな人間の心を、まさに「今、ここ」にとどめることが、「心の健康」のためには必要なんですね。おっと、心の健康とは、少々大げさな話になってしまいましたが、今回のテーマである「ひと休み」をすることも、大切なポイントは、やはり同じように「今、ここ」なんです。

 まさに過去や未来に引っ張られがちな、「節目」であるこの時期に、しっかりと「今を生きる」状態を、自分自身にちょっとだけでも体験させておくこと、これが「本来のひと休み」の意義と言えるでしょう。

 では、どのようにすれば、「本来のひと休み」「今に徹した休み」ができるかを、さらに考えてみましょう。 本当の意味での「ひと休み」をするために ここでまた、先月のこのコーナーでご紹介した「長息呼吸法」を取り上げても良いかもしれません。この「呼吸」ということもまた「今、ここ」を感じる技術の1つで、「休む技術」でもあるのです。よろしければ、先月のこのコーナーをもう一度読み直してみて、ぜひ「長息呼吸法」をお試し下さい。 今回は、さらにもう少ししっかりと「ひと休み」する方法を考えてみましょう。 そのためには~ まず、休む日を1日とりましょう。その日は思い切って受験勉強はお休み。まさにその日は「今ここに徹底する日」です。その日を今から決めて下さい。いつ頃その日を作れば良いでしょうか?
 タイミングとしては、切り替えたい時期、例えば、新学期が始まる直前、夏期講習終了直後などが、上記で述べたようないわゆる「節目」の時が良いでしょう。 さて、そのような「ひと休みする日」に何をするのか? これについては、いろいろなアイディアが考えられるでしょう。

 例えば、一日思う存分寝る日、美味しい●●を食べる(あるいは食べに行く)日、好きな●●のライブコンサートを聞きに行く日、好きなアーティストの音楽を聴きまくる日、好きな●●のDVDを一日見まくる日、受験とは無関係な本や漫画を一日読みまくる日、などなど… これらは家族の理解や協力も必要かもしれませんね。 その日だけ「時間を忘れる何か」をしてみよう これらの行為は、あなたにとって、まさに「時間を忘れられる(今、ここを体験できる)何か」をしています。

 このような「時間を忘れる」(過去も未来もなくなる)ことが大切で、これが「今、ここ」を体験するポイントになるでしょう。最近「我を忘れて」という経験が少なくなっていませんか? このような「今、ここ」を、一日じっくりと味わうことが、本当の意味での「ひと休み」になり、それが秋からさらに本格化する受験勉強をのりきるための新たな大きな活力となるでしょう。

  さあ、今からでも遅くありません、「徹底的に休む日」を一日だけ作ってみませんか?

第6回 「秋から冬にかけのての心理的傾向と対策」

 大きく季節の変わるこの時期は、心理的にも揺さぶられる時期でもあります。その傾向と対策を少し考えてみます。 さあ「勉強の秋」の季節到来ですね。気候や気温も程良いこの季節は、勉強に集中しやすいことからそう言われたのでしょう。ただ受験勉強の場合は、そう簡単にはいかないもの。それはなぜか?どうすれば良いのかを考えましょう。 秋から冬は「悪魔のささやき」が起こりやすい時期  センター試験まであと3ヶ月、私立大学入試までも4ヶ月近くとせまって、焦りや不安などの気持ちが起きるのは、受験生として当然ですよね。そのようなネガティブな感情が起きないほうが、むしろ心配かもしれませんよ。皆さんはどうですか?
 実は、秋から冬にかけてのこの時期は、いろいろな「悪魔のささやき」が起こってくる時期でもあります。その「ささやき」によって、受験生は心理的に不安定になりやすい時期とも言えるでしょう。  以前、スクールカウンセラーをやっていた時、ちょうどこの時期になると、学校内にあるスクールカウンセリングルームに相談にやってくる生徒が、急に増えたことを思い出します。そして、その相談内容は、「自分の性格」や「友人関係」の問題が圧倒的に多かった。
 そうなんです。不思議なことに秋から冬にかけてのこの時期は、「自分自身」と自分を含めた「人間関係」の問題について、受験生に限らず多くの人が意識するようになり、それが自分の心の大部分を占めてしまう、そのような季節なのです。専門的には、この季節の変わり目は「人が問題を内在化しやすい季節」と言えます。

 そのような「自分とその人間関係」を通して、先ほど述べた「悪魔」がタイミング良くささやいてくるのです。そのようなささやきは、容易に人の心の中に内在化されていきます。なかなか「悪魔」というヤツは巧妙ですよね。

 この「悪魔のささやき」に対して、傾向と対策をチェックする必要はありそうです。その「ささやき」には、大きく分けて以下の2つのパターンがあります。

悪魔のささやき その1 名付けて「ウルマ」
まず1つ目のパターンは、あなた自身の能力そのものに訴えてくる悪魔です。

 例えば「もう、今からがんばっても間に合わないよ」というささやきで、あなたを「あきらめ」させようとする悪魔。「また計算ミス! 何をやってるんだ! だからお前はダメなんだ!」というあなた自身への「ダメ出し」をして「お前はダメだ。能力がない」と思い込ませる悪魔。なかなかやる気が起こらないことを「お前には気力や集中力がない!」とささやいて、自分の気力のなさに訴える悪魔。(ちなみに「集中力」については、8月号のこの欄を読み直してみて下さいね)

 いずれにしても、この悪魔にささやかれると、自分を責める(あるいはあきらめる)傾向が出てきてしまう。とりあえず、この悪魔に「内なる悪魔(略してウルマ)」という名前を付けておきましょうか。この「ウルマ」のささやきを聞いた人は、最近多いのではないでしょうか?

悪魔のささやき その2 名付けて「ソノマ」
もう1つのパターンは、他の人間を通して訴えてくる悪魔です。

 この悪魔の典型的な例としては、このコラム第2回の「受験生にとっての恋愛心理学」のところで紹介した「妄想・退行状態」の恋愛に陥ってしまうことでしょう。おさらいをすると、「妄想・退行」状態とは、ある人を好きになると、その相手との思い出や相手が今何をしているかなどということを考えてしまい、今の自分の目的や行動が見えなくなったり、おろそかになってしまう状態のことでしたね。この時は「あの子はどうしているかを考えていると、楽しいよね~受験なんかどうでも良いよね~」というささやきが起こっているかもしれません。これに陥っていると思ったあなた!すぐに5月号のこの欄を読んで、対策をとって下さい!

 このような悪魔にも名前を付けましょう。「外からの悪魔(略してソノマ)」としましょうか。この「ソノマ」も他人を通している分、巧妙にあなたの心理を揺さぶります。他人に対して、上記の恋愛感情だけでなく、腹が立ったりするなど、自分の感情が強く動いた場合は、「ソノマ」のささやきがあなたに入り込んでいるのかもしれませんよ。

「悪魔のささやき」への対処法とは?

 さて、これらの「悪魔のささやき」にどう対応するか?
 実は、今この文章をここまで読んでいること自体で、もう対策が始まっているのです。
 上述したように、この季節は「問題を内在化しやすい」のですから、逆に意識的に「外在化」するようにすれば良いのです。このように文章化することや読むという行為も1つの外在化の作業です。

 えっ?「外在化」がわかりにくいですか?

 もう少し簡単に言えば、「問題と人を別々のものとして考える」あるいは「問題を外側においてみる」ということです。このように「外在化」などと心理学の専門用語になっていますが、昔から「罪を憎んで、人を憎まず」とか「痛いの痛いの飛んでいけ~」など、日本古来から様々なことわざ等で語り継がれている考え方なんです。  ちなみに「外在化の作業」について、具体的には、以下のような手続きを踏んでいきます。

①自分に沸き起こりやすいネガティブな感情(=「悪魔」)に名前を付けてみる。
例)この感情を「ウルマ」と名付ける。 この気持ちが起こるのは「焦りん坊」のせいだ。

②名付けた「悪魔」がささやく時を意識する(捉える)。
例)また「焦りん坊」がささいているな~ 「ソノマ」の野郎、今日は元気だな~  

③その「悪魔」を意識した後、自らその悪魔に問いかけてみる。
例)おい、ソノマ! いったい私に何をやらせようってわけ?

④その問いの答えが出て(返って)くれば良し、出てこないようなら、保留にする。
例)何でおまえが出てきたのか分からないけど、ちょっと今大事な時間だから、もう少し大人しくしててよね! という具合に会話したり、日記など文章に綴っても良いかもしれません。

 まあ「悪魔」を名付けて、それとユーモアを入れながら(たしなめるように)対話する感じでしょうか。 自分と問題を別にする「外在化」 これらの手続きは、実は「問題の外在化」という新しいカウンセリングの技法の一部なんです。

 これまでの心理学が、個人の心の中に問題を見いだそうとする傾向があったのに対して、それこそ「問題と人とは別である」という観点から「問題」をまさに「外在化」させることによって、問題解決をめざすという方法なのです。今回の話に当てはめると、「ネガティブな感情」と「あなた自身」は別物で、「感情」は「悪魔のささやき」として外において対話してみることです。

 あなたがこの方法を意識することは、自然にセルフ・カウンセリングを行っていることになる強力な方法になるでしょう。ぜひお試しあれ!

第7回 「勇気づけ」で自分自身にエネルギーを与えよう

 劣等感に襲われるこの時期、今あなたができること さて、受験生活も終盤戦に入りましたね。風邪などひかずにがんばっていますか? 冬を迎えようとするこの時期に怖いのは、インフルエンザだけではありません。心理的に怖いのは「自分はだめだ」という気持ちにさせられる「劣等感」があります。このような心のインフルエンザのような「劣等感」にどう対処するかを今回は考えてみましょう。

●この時期の受験生は「劣等感」のかたまりである!
 受験生活終盤に入るこの時期は、少々まわりが騒がしくなる時期かもしれません。例えば、友達が推薦入試で合格したという情報が入ってくることもあるでしょうし、自分自身が受けた模擬試験の結果も返ってきて、その結果に一喜一憂しているかもしれません。つい他人と自分を比べて、他の人は順調に受験勉強をこなしているように見える。その中で焦りが強くなったり、「もう自分はだめだ」とつい思いがちになる。この時期の受験生は、このような「劣等感」が強くなるものです。 心理学では、こうありたいと思う目標と現実の自分とのギャップに直面したときに抱く陰性感情を総称して「劣等感」と言っています。人間が自らの目標というものを持つ限り、必ずといって良いほど劣等感が起こってしまうのです。大学合格というハッキリとした目標を持つ受験生であれば、この劣等感を持つのは当然でしょう。受験生にとってのこの時期は、「劣等感」の固まりのようになっているとも言えそうですね。

●劣等感は「勇気」が欠如した状態である
 劣等感について研究した心理学者のアドラーは、次のように言っています。  すべての人は劣等感を持っています。しかし、劣等感は病気ではありません。むしろ、健康で正常な努力と成長への刺激です。  アドラーが言うように、今あなたにある劣等感が「健康で正常な努力と成長への刺激」だとするならば、劣等感に対してどうすれば良いのでしょうか?

 実は、劣等感は勇気(courage)が欠けた現れであると言われています。このような欠けた勇気は「勇気づけ (encouragement)」によって取り戻せば良いともアドラーは言っていますが、この勇気づけについて、次のように定義されています。

 ① 勇気づけとは、リスクを引き受け、他者とも協力できる能力を与えること
 ② 勇気づけとは、困難を克服する努力を育てること

 これらの定義を見ても、まさに今の皆さんにとって必要な心理的作業が「自分自身を勇気づけること」と言えるでしょう。では、どのように自らの勇気づけを行えば良いのでしょうか?


●自分自身を勇気づける「肯定的セルフ・トーク」
勇気は、一種のエネルギー、自動車で言えばガソリンのようなものです。自分にこのようなエネルギーを満たすために、自分自身を勇気づけするためにお勧めするのは、「肯定的なセルフ・トーク」を行うことです。

 人は普段の生活している中で、言葉を発さなくとも心の中で自分に言い聞かせている言葉というものがあります。これをセルフ・トークと言いますが、このセルフ・トークが否定的になっていることが劣等感の元なのです。自らのセルフ・トークを肯定的なプラスのものに変えて、自分に言い聞かせていくことが、自分自身への勇気づけになります。

 では、ここでプラスのセルフ・トークの例をお示ししましょう。次の言葉を朝起きた時や寝る前、勉強を始める前などに、次の言葉をぜひ声に出して唱えてみて下さい。あなた自身の勇気がわいてくるはずです。

 「私は、私の中にある、限りない能力を信じる。その能力が日々高められ、それを十分に使っていくことができる」
 「ミスは大事。今ミスをしておくこと、失敗をしておくことが、本番の成功につながる」
 「私は、来年の春に自分にとって、最も良い道に進められるように、今できることを精一杯やっていこう」
 「私は、いろいろな誘惑を意識して、それに惑わされたり、陥ったりしない強さを、常に発揮していく」
 「まわりはまわり、自分は自分。私が比べるのは、昨日の自分より今日の自分が、少しでも前進しているかどうかだ」

 いかがですか? 少し照れくさい言葉もあるかもしれませんが、その照れを乗り越えて自分自身に言い聞かせて、勇気づけのエネルギーで自分を充満させてください。


 最後に勇気づけの研究を行った心理学者ドライカースの言葉をご紹介しましょう。
 「植物に水が必要なように、人間には勇気づけが必要である 」

 困難状況を乗り切っていくために留まらず、人間が生きていくためには「勇気づけ」が必要なんだということをドライカースは言っています。それだけ「勇気づけ」は人間にとって大切な要素なのですね。

 さあ、残りの受験生活を「自分自身を勇気づける」ことを通して、自分自身の中に、しっかりとこの受験を乗り切っていく「勇気」を培っていきませんか?

第8回 「秋にやってくる「焦り」との付き合い方」

 「焦り」の感情をどのようにコントロールするか、ちょっと考えてみましょう
 受験が本格化するシーズンになりました。また気持ちを切り替えて、がんばりたい季節ですね。ところが、この時期は一方で「焦り」の気持ちが、強くなるものです。今回は、この「焦り」の感情について、お話しします。

 ●秋は「新しいスタートを切る」という意識が必要
 夏も終わり秋になると、誰もが何となくセンチメンタルな気持ちになるもの。受験生であれば、なおさらのことでしょう。この時期は、夏というある意味お祭りのような季節が終わったという点で、無意識的にもひと区切りという感覚に陥っていものです。それゆえ、夏の延長戦のように勉強していこう、とはなかなかスムーズに行かないのですね。
 「季節」の「節」の字は「節目(ふしめ:物事の区切り目)」の字でもありますよね。季節が変わったこの時期、秋になったら、何らかの心理的な切り替えの作業が必要なんですね。つまり、受験生としては、これまでのことを引きずらずに、秋になったら、「新しいスタートをきろう」という意識を持つことが大事なんです。

 ●「焦り」の心理学
 一方で秋の季節になると、多くの受験生が「焦り」の感情に襲われます。やっかいなことに、この「焦り」は、不安にばかり目が向かせ、混乱や判断力の低下、思考力の低下まで招いてしまうこともあります。せっかくこの夏にがんばった、あるいはこの秋からがんばろうと思っているにもかかわらず、今「焦り」に襲われ、あまり勉強が手につかないという状態になっている人もいるかもしれませんね。 このとんでもない「焦り」ですが、実はある意味、これから本格化する受験勉強を再スタートするに当たっての良いきっかけを与えてくれているのです。焦ることによって何も手につかないのであれば、今ちょっと手を休めて「今の自分の状況を確認してみよう」と思う姿勢は大事です。「焦り」は「今のままでいいの? 今のうちに変更することはないの?」という心からの問いかけであると言い直しても良いのかもしれません。

 ●「焦り」に少しつきあってみよう。~3つの質問
 焦りに対してごまかしの手は効きません。まずは、自分に向かって「なぜ、自分は焦っているのか?」という素朴な問いかけをするのが一番。それは「今の自分にとって本当に大事なことは何か?」ということを、あらためて考える機会を与えてくれているのです。それはもしかしたら、目標大学の確認かもしれませんし、勉強法の再確認かもしれない。もしかしたら、進路そのもののことかもしれません。 では、これから私の方から(皆さんの心に代わって)3つほど皆さんに質問をしてみましょう。その質問の答えをじっくりと考えてみて、ぜひ、その答えを何か紙に書き出してみて下さい。では始めましょう。

① あなたが今焦っている原因は何ですか? その原因と思われるものを3つ以上上げて下さい。
 原因を3つ以上挙げるのは、人間の感情は複雑なもので1つの原因からは起こりえないからです。それをいくつか考えてみることは、自分の感情のいろいろなレベルを探ることになります。ちなみに幸いにも今「焦り」がないあなたは、「なぜ焦らないですんでいるのか?」と問うてみましょう。

② その「焦り」は、あなたに何をさせようとしているのでしょうか? 2つ以上考えてみて下さい。
 ちょっと変わった質問かもしれませんね。感情は人を動かす大きな力になり得ます。少し違う言い方をするならば、今の「焦り」の感情が、受験の神様からあなたへの贈り物だとしたら、今のあなたに神様は何をしなさいと言っているのでしょうか? これも2つ以上考えてみると良いでしょう。

③ あらためて、あなたの目標は何ですか?「来年の春までの目標」と「10年後の目標」の2つを立ててみて下さい。

 もし良ければ、このAzest3月号の「明日へのヒント」をまた読み返してみて下さい。この時期にもう一度、自分にとっての受験とは何であるかを少しだけ考えることは大事。この質問に答えるようにあなたの「目標」を2つ確認して、書き留めておきましょう。10年後の目標は思いっきり妄想しても構いませんよ!

●質問の答えを目につくところへ置くこと
 3つの質問の答えを書き出してみましたか?では、その書き出したものをどこか目につくところにとっておきましょう。いつも持っている手帳にはさむのも良し、自分の部屋の壁に貼るのも良し、携帯の待ち受け画面にするのも良いかもしれませんね。特に②と③は繰り返し見続けると、「焦り」の感情は、いつの間にか別の感情に変わっていくことでしょう。何はともあれ、上の3つの質問の答えを考え、書き出してみて下さい。

 受験生として「今できること」は、どんな時期でも必ずあります。少しだけ「焦り」とつきあいながら、それが何かをちょっとだけ考えてみて下さい。

 書き出したら、即、行動開始ですよ。


第9回 「受験生が知っておきたい対人関係論」

 本格的受験シーズンの到来は、更なる不安との戦いです。その不安は他人と自分を比較する気持ちから起こってしまうもの。さて複雑なこの気持ちをどう整理するか?
  受験勉強の真っ直中。体調など崩さずにがんばっていますか? 秋から冬場にかけてのこの時期は、受験生の心理として、特に「他人のことが気になる」ことが多くなります。そして受験という特殊な一時期は、対人関係もまた特殊なものになってしまうもの。さて、どうするか?これから受験シーズンをしっかり乗りきるため、ちょっと考えてみましょう。

●他人のことが気になってしまう季節到来
 もしかすると、そろそろみなさんのまわりでは、推薦入試で合格している人なども出てきている時期かもしれませんね。そのような人たちは、順調に受験勉強をこなしていたのかと思うと、羨ましいような、妬ましいような、「それに比べて自分は・・・」と思ったり、ホント複雑な気分になりますよね~ まあ、これは受験生として自然なあたりまえの感情でしょう。 秋も深まり、受験シーズンの始まりであるこの時期は、「他人のことが、やたらと気になる時期」あるいは「自分と他人をつい比べてしまう心理が起こりやすい時期」でもあるのです。実際に模試の結果などが出てきていると思いますが、これもまたつい他の成績の良い人を羨しいと思ったり、それに比べてなかなか成績が伸びない自分を責めてしまったりしていませんか? 逆に自分が他人より成績が良かった場合には、ものすごく安心したり、やたらと強気になったりすることもあるでしょうね。

●受験期の後半はコンプレックスを感じやすい時期
  これらの例のように、人間は心理的に強い「不安」を持っている時、自らの「優越感」や「劣等感」または「葛藤」や「反抗心」などの「ネガティブで複雑な感情」を強く感じさせることにより、自らの「不安」の部分だけを忘れさせ、心理的にとりあえず安定させようとする傾向があるのです。「不安」とは、未来からやって来る感情なんですね。受験生であるならば、来年の受験(近未来)のことをちょっとでも考えると、心理的に不安になるのは当然ですし、それを現在の「複雑な感情」で無意識的に誤魔化そうとするのです。 これら「優越感」「劣等感」「葛藤」のような複雑な感情が起こる元を、深層心理学では総称して「コンプレックス(感情複合)」と呼んでいます。ちなみにコンプレックスcomplexを訳すると、「複合」「複雑」「入り組んだ」「固定観念」などという意味です。だから、その言葉通りコンプレックスを感じている時というのは、心理的に複雑に入り組んだ固定観念ができあがってしまっている状態なのです。これはやっかいですよね。

●コンプレックスを克服するための「シンプル思考」
 コンプレックスを感じている時の対応の仕方は、複雑さに誤魔化されないで「シンプルに考える」ことが一番。特にこのコンプレックスを生み出す「他人と自分を比べる」などの受験における(複雑な)対人関係は、「シンプル思考」で臨んだ方が良さそうですね。

 具体的にお話しましょう。今あなたの身近にいる人ひとりについて考えてみます。その人は、あなたにとって、現在の本来の目標達成(大学合格)のために、プラス(+)の存在ですか? マイナス(-)の存在ですか? それともどちらでもない(ゼロ)存在ですか? あえてその人はこの3つのうちのどの存在であるかを決めて下さい。自分のまわりにいる人が、いったいどの存在なのかを一度明確にしてみることが大切です。

 その人がどの存在かを決めたなら、受験が終わるまでの「つきあい方」はハッキリしています。まず、プラスの存在ならば、関係は継続して構わないでしょう。むしろその人との関係は、あなたにとって、受験を乗り切る大きな支えとなるでしょう。例えば、悩んだ時や迷った時に安心して相談にのってくれる人は、この時期ではプラスの存在です。
 ちなみにこのプラスの存在は、一般的には同じ受験生ではなりえないと考えた方が良いでしょう。むしろ受験という特殊状況に巻き込まれていない人の方がプラスの存在になることが多いようです。

●マイナスやゼロの存在の人との関わり方
 次にマイナスの存在であれば、その人との関係は(少なくともこの受験が終わるまでは)中断することが大事です。ここは思い切って、関係を一度切る(あるいは距離をとる)ことが大切。例えば、その人は愚痴ばかりを話してきたり、揚げ足をとるようなことを話す相手だったり、話していてどうも不安になってしまったり、嫌な気分になってしまう人などは、間違いなくあなたにとってマイナスの存在と言えるでしょうね。そんな時はその場で「ごめん、今は勉強に専念したいんだ。」などとハッキリと断わる勇気を持ちましょう。プラスとマイナスは裏と表の関係でもあるので、マイナスの存在であっても引きつけられてしまう要素もあるのです。一度「マイナスの存在だ」と判断したら、しっかり距離をとりましょう。

 ゼロの存在ならば、その人との関係は自然に任せて良いでしょう。無理に関係を切る必要もありませんし、無理に仲良くしようと思う必要もありません。実際、時間がたつにつれて関係がゼロの存在からブラスやマイナスの存在になることはよくあることですが、今の時期はそのようなことにエネルギーを注がずに、受験勉強に全エネルギーを注いでいきましょう。

 受験という特殊な短期決戦において目標を達成するためには、人間関係1つをとってもこのように割り切って考える「シンプル思考」が一番力になるものです。

 さあ、コンプレックスなどに陥らずに、これからは「シンプル」に考えていきましょう!

第10回 「本番」直前期に行う心理的作業

 「本番」直前期に行う心理的作業 直前期に活発になる「悪魔のささやき」への対し方

 年が明けました。受験生にとってはついに本番直前となりましたね。風邪など健康管理に注意したいところです。もうこの時期は、入試本番を意識しながら、それに備える準備をしっかりと進めていきましょう。今回は、直前期における「心理面」の準備についてお話しします。 この時期に「悪魔のささやき」に巻き込まれることが怖い!

 さて、この時期の受験生活における心理面は、どんなことに気をつけて過ごせば良いのでしょうか? この入試直前になると、あらためて目の前の目標と自分の実力との違いを感じたり、思うように勉強がはかどらなかったり、「もうダメだ!間に合わない」などと、焦りなどのネガティブな感情にますます支配されがちになる人が多いものです。これらネガティブな感情は、いわゆる「受験の悪魔のささやき」と言って良いでしょう。 この時期の心理面で警戒することは、秋頃あたりから大きくなってきているであろう、「悪魔のささやき」に、完全に巻き込まれてしまっていないかということです。
 この「悪魔」は、あなたの受験勉強を阻害し、受験生活を乱れさせ、結果的に本番で失敗させようと、いろいろ手を変え品を変え「ささやいて」きます。この色々な形をとってくる「悪魔」にしっかりと対処しながら、あらためて受験生活のペースを整えていくこと。これがこの直前期に必要な心構えだと思います。

 では、もう少し詳しくこの「悪魔のささやき」対策について考えてみましょう。

「悪魔」の仕業に気づくこと

 「悪魔のささやき」と言われても、ピンとこない人がいるかもしれませんね。先ほども言ったように、この「悪魔」はいろいろな形で責めてきますので、注意しなければなりません。一番多いのが「もう無理だ~僕には●●大学に入る力なんてないよ!」「自分は本番で絶対にミスをしてしまいそうで不安だ」などと自分の中で湧き起こってくる焦りや思いこみの形です。 この時期は、このような「あきらめ」「無気力」「焦り」「イライラ」などという形をとって「悪魔」は責めてくるのです。
 これらの感情には、普段の自分、あるいはこれまでの自分とは何か違う感じ、「自我違和感」があるものです。このような自我違和感、つまり自分の考えていること・感じていることが、ちょっとでも「ヘンだな~」とか「嫌だな~」と思えたら、それはほぼ「悪魔」の仕業と見て良いでしょう。「受験を乗りきりたい」「志望校に合格したい」と純粋に思っているあなたの心を、かき乱そうとするのが「受験の悪魔」の目的なのです。

「悪魔」に名前を付ける「外在化」

 そんな「悪魔」対応・対策の基本は、「悪魔に名前を付けること」です。な~んだと思うかもしれませんが、しっかりと名前を付けることで、悪魔が自分の心(内側)を占め始めていた状態から、心の外側へ置く(あるいは追い出す)準備ができるのです。これを専門的には「問題の外在化」と言います。小さい頃、ちょっとしたケガをした時、「痛いの痛いの飛んでいけ~!」と言われたことはありませんか? あれも1つの外在化の方法だったんですよ。 悪魔の名前は、あなたが思いつくまま、自由につけてみて下さい。どんなものでも良いです。少しユーモラスにつけると、楽しいかもしれませんね。「ダメダメ君」「焦りん坊」「イライラ虫」「あきらめ菌」などなど(これは私がこれまでお会いした受験生から聞き出した実際の悪魔の名前です)どうぞあなたにつきまとっている悪魔に、オリジナルな(ユーモアな?)名前を付けてあげて下さい。

名付けた「悪魔」とのつきあい方・退治の仕方

 名前を付けたら、そんな悪魔が出ているなと思った時に、悪魔に向かって言い聞かせ(声かけ・説得)をしてみて下さい。先ほどのように「もう無理だ~」と思う悪魔に、仮に「ムリ子ちゃん」と言う名前を付けて、こう言い聞かせます。「ムリ子ちゃんが不安になるのも分かるけど、受験勉強は最後までやって見なきゃ分からないじゃないの!まあやれるだけやってみようよ」
 このように言い聞かせても、しつこく現れてくるならば、融通のきかない悪魔のようですから、しっかりと退治しちゃいましょう。悪魔退治の仕方は簡単、適当な紙に悪魔の絵を描いて(下手でも結構)、それをぐちゃぐちゃに丸めてゴミの日に捨ててしまいます。捨てる時には、せめて「バイバイ、ムリ子ちゃん」などとひと言、お別れの挨拶をしてあげて下さい。お別れした後には、さらに「勇気づけ」の言葉を自分に言い聞かせると良い(第7回を参照のこと)でしょう。

 このような一連の行為が、あなたにまとわりつく「悪魔」を外在化して退治し、勇気づけを加えていくことで、結果的にはあなたの中に、本番を乗りきるまでの「ブレない心」を作ることができます。それは、本来のあなたの持っている力を入試本番で十分に発揮させる状態にしていくことになるでしょう。

本番に強い心は、ちょっとした工夫から生まれてくる
 入試本番という誰もが緊張する局面を乗りきれる精神力・心は、スポーツ・部活などで鍛えられるということも、あるかもしれませんが、今回ご紹介したような、自分の中の悪魔に名前を付けて、追い出すという、ちょっとした工夫からも、身についていくものなのです。

 どうぞ最後の追い込みのこの時期に、「悪魔」なぞに巻き込まれずに、外在化と勇気づけを行っていくことで、しっかりと本番を乗りきる心を作っていって下さい。

第11回 本番に臨むための「強い心」を整える

 本番で自分の持っている実力を発揮するために さあ、いよいよ本番間近ですね。本番では「強い心を持って臨むこと」が大切なのは、言うまでもないでしょう。では、この「強い心」とはどんなものなのでしょうか? そして、「強い心」を持つためにはどうしたら良いのでしょうか? 今回は、本番で実力を発揮するための「強い心」について考えてみましょう。

● 本番に臨むための「強い心」とは何か?
 さあ、泣いても笑ってもあとわずかの受験生活です。ここまで来たら、体調はもちろんですが、心の調子である「心調」を整えることも大事。この時期の心調を整えることとは、本番に臨む「強い心」を発揮させる準備をすることです。

 では、この「強い心」をどのように準備すれば良いのでしょうか?
 その前に、もう少しこの「強い心」について説明します。 ここで、私が尊敬する一人の臨床心理士の先生のお話をします。その先生のお名前は、和田のりあき先生と言います。和田先生は50歳の時、検査入院で胃がんが見つかりました。主治医から突然のがん宣告を受けているというパニック状況の中で、和田先生はあることに気づきました。それは、自分の心の中に「3つの自分」がいるということです。和田先生は、人は危機的状況になった時には、「強気」「弱気」「冷静」の「3つの自分」が現れてくることを意識して、その後もこの「3つの自分」と対話しながら、闘病生活を続けました。このようにして、がんと向き合った和田先生は、まさに「強い心」を持っている人だと思います。(和田先生がその闘病生活の詳細を、「がんに負けない心理学」(PHP)という本に残してくれています。受験が終わったら、ぜひ読んでみて下さい!)
 本番直前の皆さんも、ある意味追い込まれた危機的状況にいるわけですから、すでにこの「3つの自分」が現れているかもしれませんね。和田先生のように、この「3つの自分」を意識し、それらと上手につきあうことが、本番に臨む「強い心」を作るためのコツと言えるでしょう。

では、そのコツについて具体的にお話ししましょう。

● 「強い心」の作り方 その1:「弱気」な自分は、「受験の悪魔」の最終バージョンである
  さて、「強い心」を作るための基本方針は、「弱気な自分」を鎮めて、「強気な自分」と「冷静な自分」を高めることです。 ではまず、「弱気な自分」を鎮めるにはどうしたら良いのでしょうか? 実はこの「弱気な自分」とは、「受験の悪魔」の最終バージョンなのです。ですから、「外在化」(自分のネガティブな感情に名前をつけること)を行うことはもちろん有効です。「弱気君」とでも名付けて言い聞かせ、必要に応じて退治あるいは無視してしまいましょう。
 他に「弱気な自分」を鎮めるためのオススメの方法としては、散歩する、軽い体操をするなど、体を少しでも動かしてみることです。な~んだ当たり前じゃん、と思われるかもしれませんが、意外にこの方法は「弱気な自分」には効くんですよ~! あなたの受験に臨む心を折れさせようとする「弱気な自分」は、一度考え始めると、頭の中でどんどんあなたを弱気にさせる要素を見つけ出していきます。それはあなたの緊張感を高めさせて、体を硬くさせてしまうのです。そう、弱気な心は体を硬くさせるという傾向があるのです。だから、反対に硬くなりかけている体を早めにほぐす動きをすることが、この「弱気な自分」を鎮める大きな効果があるのです。
 「長息呼吸法」(3秒息を吸って、2秒止めて、15秒吐く)も体をほぐす効果があります。こちらもぜひやってみて下さい。

● 「強い心」の作り方 その2:「強気」と「冷静」な自分を高める
 一方で「強気な自分」と「冷静な自分」を高めることも必要でしたね。そのための具体的な方法の1つが、その「強気・冷静」の2つの自分にやはり名前を付けておくこと。「強気君・冷静君」でも「パワフル君・クール君」でも良いです。名付けたその2つの自分と事あることに対話してみて下さい。
  特に「強気」な自分を高める方法として、オススメなのは、強気な言葉(○○大学絶対合格!など)を紙に書いたり、声に出すことでしょう。これはスポーツ選手などが自分を奮い立たせるためにやっている方法ですよね。
 私もカウンセリングを始める直前は、いつも「自分は日本一のセラピストだ~!」と言い聞かせて臨むことにしています。けっこう良いですよ!

 もう一方の「冷静」な自分を高める方法としては、「自分自身への勇気づけ」が有効です。では、勇気づけの本番バージョンを書いておきましょう。

●「私は、私の中にある、限りない能力を信じています。その能力がこの1年間で高められてきました。本番ではそれを十分に使っていくことができます」

●「私は、今年の春に、自分にとって、最も良い道に進められるよう、今できることを1つずつ精一杯やっていきます」

●「まわりはまわり、自分は自分です。そして、昨日の自分より今日の自分が、そして今日の自分より明日の自分が、少しでも前進していると信じています」

 ぜひ、これらの言葉を、朝起きた時・勉強前・休憩時・夜寝る前、そして本番直前などに静かに唱えてみて下さい。 そして、入試本番の真っ最中では、「弱気な自分」が出てきても相手をせず無視し、「強気な自分」と「冷静な自分」と対話しながら臨むことを意識しておくことがポイントです。

● 最後に、皆さんにエールを送ります。
 今は、皆さんがこれまで苦しんだ分だけ、必ず素晴らしい未来がある、と最後に断言させていただきます。そして、本番での皆さんの健闘を心から祈っております。 さあ、あと一息ですよ~!!

第12回 「子どもとの関係を考え直すー親子関係を仲間関係に切り替えよう-」
(通信添削Z会の中学生コースの保護者向けの冊子「Z-Line」2006年12月号に掲載)

 いじめで命をたつ子、親を殺してしまう子。最近、そんな悲しい事件をよく耳にします。いったい、子どもの世界では何が起きているのか。長年、カウセリングを通して子どもたちを見つめてきた八巻秀先生に、子どもが置かれている状況と、親のすべきことについてお伺いしました。

「嵐」のなかの子どもたち
  私は以前、中学校のスクールカウンセラーだったのですが、子どもたちが先生や親に見せる顔は、私に見せる顔とは確実に違いました。スクールカウンセラーから見ると、今の子どもたちの置かれている現実とは、大人が想像している以上に複雑・怪奇な人間模様が繰り広げられている世界です。大人にとっても人間関係 とは簡単なものではないですが、子どもの場合は感情的な面が直接前面に出てしまいますので、もっと複雑になっています。だから人間関係で悩んでいる場合 も、大人の二、三倍くらいの強い悩みというか、激しい感情が揺れ動いているという感じです。自殺までいってしまうようなお子さんに対して、その子の弱さということを言う方もいらっしゃいますが、実際には、子どもは想像を絶するほどの強い攻撃を受けています。いわば嵐の中で生きているのです。それは社会の縮図が子どもに現れているというレベルではなくて、もっと濃密になって出てきているといった感じです。子どもは想像力が強いし、感情もそのまま吐き出します。でも、大人はそのへんはコントロールが効きますよね。大人がセーブしているところでも子どもにはセーブが効かないし、それだけに、もっとすごい世界が展開しているのではないかと思うわけです。

『いじめが子どもに与える影響』

 それは一部の限られた子だけではなく、すべての子どもが置かれている状況ということでしょうか? いじめなんかではそうだと思います。いじめというと、いじめた人と、いじめられた人だけがピックアップされてしまいますが、いじめってそれだけじゃないですよね。見て見ぬふりをしている人も自分のなかでいろんな感情が渦巻いているのです。つまり、助けたいという気持ちはあるけれども、助けたら今度は自分にいじめの対象がくるわけで。そういう意味でいじめというのはとても複雑で、いじめを傍目に見ている子どもたちにもいろんな心理的影響があるのです。
 ちょっと話はずれるのですが、最近、大学生に「自分が言われて一番傷ついた言葉って何ですか」というアンケートをとったのですが、一番多かった回答って何だと思います?
 ヤフーでもそういうアンケートがありましたが、そこでは容姿、つまり、おでこが広いとか鼻がでかいとか言われることというのが一番多かったです。 でも、私がとったある大学でのアンケートで一番多かったのは、「忘れた」とか「思い出したくない」とかいう回答でした。ほとんどの子は、いじめの傍観者です。でも内部では、複雑怪奇な感情が起きているから、それをごまかすには隠蔽する、つまり忘れるしかないのです。それで彼らは何とか生き延びている。忘れることによって自分を守っているのです。そうしないとどんどん積み重なって、極端な場合は死にいたってしまうのです。
 子どもの置かれている状態や繊細な感情の動きは、大人には理解し難いものですが、私はあえて理解しなくてもよいと思います。それより、どうしたらこの嵐を乗り切れるかということを、一緒に懸命に考えるということが大切だと思います。嵐って自然現象だから、止めることはできない。でも、嵐のなかで生き延びる方法を一緒に見つければいいのではないかと思います。

『親も子も思春期』

  いっぽうで中学生をもつ親というのは、親は親で嵐なのです。中学生の親というのはだいたい30代後半から50代です。その年代というのは、自分のキャリアが大体見えてくるので、ある意味あきらめがあったり、次なる選択がほしいというような気持ちをもったり、第二思春期とも言える時期なのです。つまり、子ど もは第一思春期で、両親は第二思春期。家族全体が思春期というふうに考えたほうがいい。どちらも変わらなきゃいけないので、イライラする。だから、一緒に この時代を、お互いに嵐だからともに乗り切ろう、という発想がほしいですね。

『子どもの問題は子どもたち自身で打破させよう』

 大人は子どもの状態を理解する必要はないとのことですが、現状を知らなくては、問題は解決できないのではないでしょうか? 私は知らなくてもいいと思います。知ってどうするのですか? 知ったら安心できますか?
 そもそも、子どもの世界に手をつけようとするのが間違いなのです。子どもは機械じゃありません。機械が壊れたときには、分解したりして原因を調べ、原因が分かったうえでそれを直します。大人が子どもの状態を全部知りたいという気持ちは、知ったうえで原因をつきとめて、こうやればいいと大人として操作性を加えて、子どもを意のままにしようということです。でもそれは間違いです。今やこれからの時代を生きているのは彼らなのですから、彼らが解決策を見つけて、彼らが打破しなければいけない。だから、大人は知らなくていい と思います。その代わり、大人は一緒に考えて、手伝ってあげる。大人は大人の嵐がありますから、それを自分自身で乗り切ろうとすればいい。そうやって乗り切っている大人の姿を見て、子どもはそれをモデル化しますから。

『仲間意識をつくるのが一番大切 』

  現在は、いつリストラされるか分からない不安定な時代ですから、できるだけいい学歴でいいところに就職、という意識は当然だと思います。小学校まではそれ でいいのですが、でも中学生になったら、あとは本人の考えに任せなければいけません。例えば、本人がどうしてもロックスターになりたいと言うのだったら、 阻止はできない。親として意見は言えますが、強制はできません。選ぶのは本人ですから。仲間には助言や応援はできるけど、命令や強制はできないですよね。 本来親子はだんだん仲間になってゆくのです。小学校から中学校というのは、親子関係が変わる時期と言われます。小学校のうちは上からの指導でいいのだけれ ども、中学校になって反抗期になると、横のつながり、つまり仲間意識をもったほうがいいのです。中学生ともなれば、彼らにはまだまだ知識と経験は足りないけれども、それだけの違いで、人間としての心のレベルとか意識のレベルというのは同じなのです。だから、対等に尊重してあげなければいけない。そのあたり のシフトチェンジができていない親御さんが正直いって多い。ちょうど親も不安定な状態にあるから、上からものをいう言い方をすると、結局怒ることになるの ですよ。イライラしてそれをぶつけることになります。そうすると子どもも当然不安定なままだし、かえって反発します。家族のなかでまた嵐を増幅させることになります

 仲間であれば、メンバーのひとりがちょっと浮かない顔をしていると、「どうした」「いや、実はこんなことがあって」、「そうか、じゃあ俺に協力できることがあったら言ってくれ」っていうふうになりますよね。そうあるべきなのです。
 子どものSOSというのはどんどん巧妙になっていて、わからな い。だからSOSを見つけようとしても無駄です。でも仲間意識でつきあっていると、肌でわかるのです。そういったときに「どうしたの」と声をかけてあげるのです。すると、仲間にだったら「いやあ、実はさ」って話します。もし、話してくれないときには、無理に聞かなくてもいいと思います。「話したくなったら 話してね、いつでも待っているから」と言っておけばいいのです。そうしたら本当に話したくなったら話しますから。

『仲間意識の作り方』

 仲間意識を作っていくには、小学校時代の子どもを見る目、まだまだこの子は子どもだから、という意識を捨てるのが大事です。一番簡単なのは、「ありがとう」 「うれしい」「助かる」という言葉をどんどん使ってあげること。だから、この言葉を使えるシチュエーションを探して、頻繁に声をかけてゆく。「手伝っても らえると助かるんだけど」というふうに。「いやだ」と言われるかもしれないけど、「また今度頼むからそのときはよろしくね」と言っておけば、百回に一回く らいは手伝ってくれるかもしれない。そのときには「いやあ、助かったわ。ありがとうね」と言うんですよ。そういわれると悪い気はしないから、今まで百分の 一だったのが、百分の二になってゆく。そうやってゆくうちに、その子のなかに何かが芽生えるのです。
 その3つの言葉を意識して、子どもにどんどん声をかけ ていくということは、対等な仲間意識を生み出すのに役立つと思うのです。それはいつからでも遅くないし、いくらでもやり直しがきくと思います。今まで使っ ていなかったのにいきなり使いはじめると、「何バカなことを言っているんだよ」と言われますが、言われてもめげない。使えば使うほど、関係は変っていくと 思いますよ。

『新しいコミュニケーションの時代』

  現代は新しい形のコミュニケーションが必要な時代ではないかと思います。子どものコミュニケーション能力不足なのではなく、親の世代が子どものころとは違うコミュニケーションが今の子どもたちには必要な時代がきているのです。昔は察しあうという関係がうまくいったのですが、今はそれではうまくいきません。 察すると変なことが起きるくらいで。
だから、察するのをやめて、できるだけ言語化してゆくとか、感情をうまく言葉にのせていくとか、そういうことがすごく必要な時代なのです。感情を伝えられるようになるということが大事なのだけれども、親もできていないから、なかなか子どももマスターできない。だからやっぱり一緒に獲得できるよう親子で協力しあわなければいけない。
私は、親子だけうまくいっても、子ども同士でうまくいかなきゃダメだという考え方は、違うと思います。同世代でコミュニケーションできなければいけないというのは幻想です。今、子どもの人間関係はぐちゃぐちゃですから、あえてその中で苦労する必 要はありません。親子のコミュニケーションがしっかりしていれば、子どもが成長して社会に出るときには、人とうまくコミュニケートできます。必要なのは、 同世代の友達ではなく、仲間なのです。仲間が必要ならば親がなればいいわけです。それに、友達なんて一人いれば、百人いなくてもいいので、見つけられるまでは親が一緒にいればいいんです。心理学的には移行対象というのですが、移行する対象の途中として親が機能すればいいのです。

『関係を「切らない」ことが一番大切』

 子どもが友達の悪影響を受けている時は、どうしたらよいですか? 「あの人はこういう意味でよくないと思うけど、どう?」というような意見を言うことはできますが、親の意見を押し付けることはできません。「心配してい る」と言い続けることではつながりは切れませんが、「やめなさい」と強制したりどなったりすると切れます。だから、つながったほうがいいですか、切れたほうがいいですか、ということになります。
子どもは一時的には非行という方向に走ることもあるかと思います。なぜかというと、思春期とは興奮を求めるものな のです。ハイになりたいのです。暴走行為というのがわかりやすい例ですが、嵐を乗り切る方法として「解消」というのがあります。つまり、それはごまかしなのです。でもいつかはそれに気づいて、戻ってきます。戻ってくるときには、切れたところには戻ってきません。切れてなくて、ずっと心配し続けてくれていた 人のところに戻ります。だから絆は切らないことです。
子どもが悪さをしたりすると、世間は「親は何をしているんだ」と非難します。親が止められるものではないのですけど、世間はそう言うものなのです。そのときは、世間を切らなければいけない。世間より仲間意識のほうが尊いのです。
宮台真司さんが「人間というのは、仲間を殺さない動物だ」と言っていましたが、親子は仲間じゃないから、殺し合うのです。だから、親子関係から仲間という深い絆にシフトするということが、ものすごく大切になります。仲間としていろいろ相談できる状況が家庭にあったら、死にたくなっても逃げ場がありますから、嵐を乗り切れます。そし て、親子関係がいい方向に変っていけば、だんだん学校にも浸透してゆく可能性があると思いますね。

第13回 「≪提言≫゜プロジェクトX゜のススメ」
「秋田市教育研究所 研究所報 第39号」に掲載(2003年3月15日発行)

 秋田でのスクールカウンセラーの経験を元に、学校での問題に対応する時の教師のチーム対応の重要性について書いた文章です。学校の問題に取り組む時に、「チーム」よりも「プロジェクト」と考えた方が、いろいろな意味で良いのではないか、と今でも思っています。

 NHK のTV番組「プロジェクトX」が相変わらず人気である。番組のテーマソング「地上の星」も中島みゆきの紅白歌合戦出場で更に有名になったようだ。この番組 について、いろいろな機会で学校の先生方にお聞きすると、ご覧になっている方が多いようである。ご存じない方のために内容を簡単に言えば、主に高度経済成 長時代の様々な職業のプロジェクトチームの苦闘と成功をドラマチックに描いた番組である。私もつい引き込まれて毎週のように見てしまう。
先日、ある新聞で この「プロジェクトX」のDVD売れ筋ランキングが載っていたが、第1位は意外にも企業ものではなく、「伏見工業高校ラグビー部」がテーマのものだったそうだ。しかし考えてみると、私の知る範囲では、この番組で「学校もの」が取り上げられたのはこれしか知らない。そこで、ふと思った。

「学校教育の活動に置いて“プロジェクト”は少ないのではないか?」

 私はこの2年間スクールカウンセラーとして市内の中学校に勤務してきたが、不登校をはじめ、何らかの「問題」に携わるときは自然と“ プロジェクト”が出来上がっていく場合が少なくなかった。「不登校気味のA君対応プロジェクト」「Bさんのいじめ対策プロジェクト」などなど、その「問題」に応じて3人以上の“プロジェクト”が学年の壁を越えて編成されていく。そして事あるごとに“プロジェクト”内で状況検討会が招集されて、そしてまた 個々に活動していく・・・・・といったような凝集と拡散を繰り返しながら“プロジェクト”活動をしていった。

 ちなみに私が考える“プロジェクト”とは、まずリーダー(あるいはコーディネーター)役がおり、プロジェクト構成員がそれぞれの持ち味で動きまわりながら、それぞれの役割を果たしているという状態である。その状態を更にリーダー役が把握しつつ評価することによって、機能し続ける状況のことでもある。このように機能すると非常に機動的なチームが出来上がり、それが継続していく。その機動性・継続性により、どんな「問題」でも必ず解決!!・・・・・とまでは いかないが、最低でも、いろいろな「問題」に取り組む教師達が勇気付けられて、動きやすくなることが多いようであった。

 ところで、学年という単位があるとはいえ、教師という仕事はどうしても個々の責任を問われてしまうシステムに囲まれていると言えよう。「担任制」というシ ステムは特にそうである。しかし、今学校が抱える様々な「問題」は、児童生徒を取り巻く学校生活内だけにとどまらず、家庭生活や周辺社会環境、あるいは日 本社会全体の状況からも影響を受けながら起こってくるものと考えれば、当然教師1人の力だけでは太刀打ちできるものではない。やはり、教師にとって、今、 “プロジェクト”の機動力が必要なのである。今後、学校教育の世界から、数多くの“プロジェクトX”が編成・実行されていくことを願いたい。

第14回 「カウンセリングとは何だ」
(2000年9月、通信添削Z会本社での社員研修会における講演より)

 以下の講演録は、2000年9月に通信添削Z会の本社(静岡県三島市)において社員対象の講演を行った時のものです。通信添削担当者向けの話もありますが、当時の私の「カウンセリングという営み」に対する考えが述べられています。少し前のお話ですが、今でも十分に通じるものがあると思います。少々長い文ではありますが、ぜひお読み下さい。

はじめに
 こんにちは。臨床心理士の八巻と申します。みなさん、今日はお忙しい中、お時間を割いていただいてありがとうございます。今日は「カウンセリングとは何だ?」というタイトルで講演する機会をいただきました。この場を借りて、事業開発課の伊藤一彦さん(故人)をはじめ、カウンセリングプロジェクトメンバーには、お礼を言いたいと思います。こういう場を企画していただいて本当にありがとうございます。簡単にあらためて自己紹介をさせていただきますと、私はZ会と関わりを持つようになって今年(2000年)で2年目になります。なぜZ会と私のような「臨床心理士」が関わりを持つようになったのかという話になりますが、実は、私はもともとは予備校講師をやっていたんですね。以前は数学教師だったんです。教育の現場にずっと携わりながら、カウンセリングの必要性ということを強く感じて、途中から大学院に入り直して、臨床心理学の勉強をしました。みなさんも ご存知だと思いますけど、臨床心理学の大学院を出てもすぐに専門の常勤職には就けないものですから、非常勤で細々とやっているなかで、まあ、「昔とった杵 柄」ではないですけど、予備校で数学教師をやりながら、一方でカウンセリングの仕事をやっていたわけですね。今はもう予備校のほうは辞めて、カウンセリングの仕事1本でやっていますけれども、予備校経験とか教育経験があるものですから、Z会から日本臨床心理士会 にお話があったときにも、やはり教職の経験がある臨床心理士ということで、臨床心理士会から私に声がかかった、というわけです。

 ですから、今日は教員時代の経験も交えながら「カウンセリングとはいったい何であるか」、ということを少しずつ膨らましていきたいなと思っています。 「カウンセリング」=「相談」?  実はこの「カウンセリングとは何だ?」というお題は、カウンセリングプロジェクトからいただいたものでして、私もこのお題をもらったときに、「本当になんだろう?」と考えてみると、「よくわからないな~」というのが、まず最初の思いなんですね。

 自分もやっていることだから、自分に責任持てよ、と言われそうですけども、本当にカウンセリングっていうものは、考えれば考えるほど、「何をやってるんだろう」という気持ちになってしまうものなんですね。ですから、なんでカウンセリングなんだろう、なんで今、カウンセリングプロジェクトがZ会にもできるし、世の中カウンセリング、カウンセリングと、アデランスまでもが言うんだろう、というところから考えてみたいなと思ったんですね。そこからだんだん、今やっているカウンセリングのことを考えてみると、自分の中では整理がついたものですから、その辺のお話から始めてみたいと思います。

 カウンセリングと言ったときに、先ほどアデランスと言いましたけれども、だいたいの方は、「カウンセリング」=「相談」と考えると思うんですよ。いまでもカウンセリングに来られた方は、「先生、アドバイスよろしくお願いします」とおっしゃる方が多いです。アドバイス受ける、あるいは相談を受ける、というイ メージでカウンセリングに来られる方は多いんですね。
 確かに、カウンセリングという言葉が初めて日本に来たときというのは、「カウンセラー」ではなく「相談員」と言っていたこともあって、カウンセリングが相談とほとんど変わらないことをしていた時代というのがあったんですね。

 そうだったんですが、「相談」と言っても、みなさんも相談業務の経験がある方が多いと思いますし、私自身も、「指導」という名のもとで、教員時代、相談を やったことがありますけども、だいたい相談しても指導しても、今の子どもたちにはあんまり通じないことが多いです。「アドバイスをする」に関しても、アドバイスをしてうまくいくという例はごく希ですよね。だから、「あの彼女にどうアプローチしたらいいんでしょう。」という相談を受けて、「うーん、まあ、こ の手でやってみたら。」とアドバイスしても、その手でいったら失敗して、違う手でいった場合にうまくいくなど、アドバイスや相談があまり意味をなさないこ とが多いとわかってきたんですね。

 ですから、「カウンセリングは相談である」という最初の考え方からは、だんだん変わってきているというのは確かです。カウンセリングが初めに来たときは、カール・ロジャースというアメリカの心理学者の理論が主流だったんですが、彼の言ったことが、果たして日本語の「相談」と結びつくかどうかというと、ちょっと違うらしいと いうことがわかってきたんですね。

 「相談」でないならば、今はどういうふうに考えているかというと、ちょっと硬い言葉ですが「心理療法」という言葉だと思うんです。「カウンセリング」と「心理療法」は、ほぼ同じ意味と考えていいだろうと。心理療法は、心理的な問題を扱う療法で、少し治療的なニュアンスがある感じですね。

 ただやはり、「カウンセリング」と「相談」とほとんど同じだと考えている人が世の中に多い。例えばアデランスは本当は「相談」ということばを使ったほうが良いわけです。「頭髪の状態」に関して具体的にアドバイスをもらうわけですから「相談」になります。でも、あれは本当は「カウンセリング」ではないと思うん です。

「現在の「心理学ブーム」について考える」

 では、「心理療法」というニュアンスも含めて「カウンセリング」とは何だろうとさらに考えていきましょう。ここで2つのことをお話ししたいと思います。

  まず1つは、これは後ほど詳しくお話ししますけれども、今、17歳の問題や少年犯罪などが問題になっています。最近も中3の子どもが、「人を殺したいと思った」とか言って、カナヅチで歩いてきた中1生をいきなり殴ったとか、そういう少年犯罪がすごく出てきています。17歳心の闇とか、心の病と言われるものが、すごく多くなってきているという事実ですね。この事実は一体何なんだろうかと考える鍵になるのがカウンセリングだと思うんです。
  もうひとつは、今の時代ということもあるんでしょうが、不思議ことに、心理学がブームです。これは不思議な現象です。ご存知の通り、「臨床心理学科」と か、中京大学には「心理学部」もできたように、「心理」という名前がつく学部・学科が異常な人気です。偏差値もものすごく上がっています。今僕が受け直し たら入れないんじゃないかという偏差値になってます。
 なんでこんな心理学ブームが起きてしまうのかを考えることで、カウンセリングの意味というのが少し見えてくる部分があるんじゃないかなって思うんですね。この2つのことに関して、みなさんと確認したいなと思っています。

  まず後者の「心理学ブーム」なんですが、心理学科がこれだけ異常な人気になっていることは、不思議な現象だと先ほど言いました。よくよく考えてみても、 やっぱり不思議なんですよ。何が不思議かと言うと、心理学科を卒業して、さらにまた大学院まで行って、修士課程を修了したけれども、学生はちゃんとした就 職はできないんですね。大学院を出ても。私自身もそうでした。いきなりキチンとした就職は無理です。まず、ほぼ90%以上無理ですね。
  何があるかと言うと、非常勤職の生活が待っているわけです。Z会でも進路情報を流してくださっていると思いますけども、現実は、大学院を出たにもかかわら ず、大学院修了に見合うだけの給料が払われる状況ではないんですね。やっと30過ぎて、私も30半ばをとっくに過ぎていますが、やっと常勤職になれるのです。
 このように経済的には保証されてないけれども、これだけ人気があるんです。だから、Z会や各学校の進路の先生方が、心理学カウンセラーの現実を学んで、生徒にちゃんと伝え続ければ、もしかしたらこのブームは去るかもしれません。

  ただし、そう言い続けている部分が今もあるにもかかわらず、心理学ブームが続いているのは何でだろうか、と思うんですね。だから、とても不思議なんです。 経済的には全然潤わない。だから、心理学をやっていてもお金持ちにはなりませんし(なっている怪しい人はごく一部いますけれど・・・)ほとんどの普通のカウンセラーは、経済的にはとてもとても、学歴に応じた収入を得ているとは言えないんです。なのに、心理の仕事を多くの人がしたがるのは、何でだろうという ふうに考えました。  やはり、そこは経済原理や効率などを求めているのではない何かが、今の大学を目指している人たち、高校生、中学生も含めてですけど、子どもたちにはあるんじゃないかなと考えるんですね。 今の学生になぜ心理学を目指したの?と聞いてみると、やはりいろんな答えが返ってきますけども、一番多いのは「人を癒したい、癒し手になりたい」なんで す。あとは「人を助けてあげたい」というような、ある意味では「福祉」と同じような気持ちの人がいます。次の多いのが、「自分を知りたい」です。自分って 何なんだろう、わけがわからない、自分が何なのか知りたい、と言う人もいました。
 つまり、仕事に直接結びつかないかもしれないけど、もしかしたら何かに役に立つのかもしれないという、あいまいな答えなんですよね。

 カウンセリングっていう言葉になぜひかれるのかを考えると、今、何か分からないけど、求められているものがそこにはあるのだなと感じました。 心理学ブームの影に 「物語」 がある  その「求められているもの」の鍵となる言葉が、私は、「物語」かなと考えたんです。
 これは、一部の心理学者が言い始めている言葉です。「物語」を、もう一回考え直してみようと。それは何であるかと言うと、実は「人間は物語を求めているのではないか」ということです。
  簡単な例です。私、こう見えても俗っぽい人間で(笑)ワイドショーが大好きです。本当は自分では否定したいんですね。ワイドショーなんてつまらないものを 朝の忙しい時間に観るもんじゃない、って。でも思わず観てしまう。チャンネルをひねると思わず、まあ、どのチャンネルひねってもNHK以外同じですけど、 回してしまうんですね。自分ではだめだめと思いながらもひかれてしまうものが何かを考えてみると、「物語」がちゃんとワイドショーにはあると気づいたんです。
 ワイドショーが1つの事件を描く方法は見事で す。その事件がどんな背景かを、丹念に丹念にレポーターが調べてきますね。近所の人がその人をどうみていたかをチェックする。ご両親をチェックする。学校 をチェックする。背景を全部チェックするわけですね。そこから浮き出てくる物語がある。どういう物語からこの事件は起きたのか。「こういうストーリーから この事件は起きた」という「物語」を明確に浮き出させようとするわけですね。

 ちょっと古いですけど、野村サチヨと浅香光代のバトルといっても、「バトル」という物語を作っているわけです。それに対して世間が大騒ぎするんですね。人間は不思議といろんな人の物語をすごく面白がる傾向があるんだと思うんです。
  オリンピックもそうです。田村亮子の物語。すばらしい物語ですよね。8年越しの金メダルというひとつの物語ができていますよね。彼女自身がどう思ったかは わからないけれども、周りのマスコミも含めて私たちも、「田村亮子の金メダル物語」を作っているし、それを共有するからこそ、私も田村亮子が一本勝ちした 瞬間に、思わず涙がぽろっと出てくる。人間は、「物語」をすごく求めているのではないだろうかと。「人の物語を聞きたい」のではないだろうかと。

 この「物語を聞きたい」という気持ちが、実は今の心理学ブームを生み出しているんじゃないかという気がするんです。それはなぜか。

 よく考えてみると、物語はいっぱい氾濫しています。田村亮子の物語、長嶋茂雄の物語、デビ夫人の物語、さまざまな物語をマスコミは提供してくれています。物語を知る機会がものすごく多くなったと思うんですね。でも、一番欠けているのは何か。「自分自身の物語」です。 「自分自身の物語」 には 「力」 がある  「自分自身の物語」です。自分が一体どんな人生を歩んできて、これからどんな人生を歩もうとしてるんだろうという物語を、自分では明確にできないんですね。自分の物語が一番難しい。だから、もしかすると自分自身の物語が、昔に比べて明確でなくなりつつあるのではないでしょうか。

 私たちオトナは自分の物語を考えた時に、考えられる大まかなストーリーがありますけども、今の10代の子どもたちは、自分自身の物語が組み立てにくくなっているのではないかな、と考えられるんですね。
  希望が持てないというのは昔からの言葉かもしれないですけど、自分が一体どこに向かっていくのかよく分からなくなっている、それが今の時代じゃないか。そうすると、その物語を提供するかもしれない「カウンセリング」や「心理療法」などの心理学の世界が求められるのではと考えました。
 ですから、「物語」というのはカウンセリングを考える上では、すごく大きなキーワードだなと思います。

  この講演会をする前、3回ほどこのZ会内部で研修会を持たせて頂きましたけども、その研修会で、最初にみなさんにやってもらったことがあったんですね。それは、簡単に言えば、輪になって、目をつぶって、楽になって、頭の中に自分の姿を浮かべるという「イメージ」の方法です。この場でも眠い方は目をつぶって頭の中に自分の姿をイメージして頂いて結構ですけど(笑)。実は普段、私はこの「イメージ」の方法を使って、カウンセリングしていますから、研修会でもその方法を使いました。

 たまたま2カ月くらい前の朝日新聞で、スピードスケートの清水選手の記事を見たんです。清水選手が長野五輪のときに、決勝前に自分の気持ちが落ち着いてないということに気付いたそう です。このままじゃ負けるなと思った。あー、もうだめだと思ったけど、ラッキーなことに、整氷するということでスタートが10分か20分遅れたそうなんで す。その時間、整氷機が回っている間に、清水選手がその会場の真ん中で大の字になって寝て、目つぶって、自分の姿を天井に浮かべて、その姿を見て、自分が一体どういうふうにやってきたかいう、まさに「自分の物語」を描いたんだそうですね。自分はこうやって子ども時代から生きてきて、スピードスケートと出会って、こんなふうに練習して、今ここにいる、という所まで描いたんだそうです。はっと気づくと、もやもやしていたのが、すっきりして、「やれるな」って 感じになったそうなんですね。で、彼は優勝して金メダルを取った。

  清水選手のこの経験というのは、自分の中のイメージ、つまり「物語」を整理することによって自分の本来持っている力なのか、それ以上の力なのかは分かりま せんが、オリンピックで金メダルを取れるだけの力を発揮できた。「物語」はもちろんイメージの仕方によっても異なりますけど、なぜか「力」があるんですね。自分の物語を振り返ってみるということに「力」がある。物語ることに「力」がある。その記事を読みながら改めて感じさせられたんですね。その「力」 が、世の中的には今ダウンしちゃってるのがあるんじゃないかなと。
  「物語」と言ったときに、みなさんはそれぞれいろいろな「物語」を想像をされると思いますけれど、大切なのは「自分自身の物語」かどうかということなのです。清水選手のそれも、間違いなく自分の姿を浮かべて自分自身の物語を描いたからこそ、「力」を発揮できたと思うんです。

  ところが、今のマスコミから与えられている「物語」というのは、自分自身の物語ではありません。ワイドショーなどが与える物語は、全部既製のものであって、「自分自身の物語」ではないんです。自分自身の物語を作る参考にはなるかもしれないけれども、自分自身の物語ではないんです。参考にするにはいいですけど、自分自身の物語でないものが、一方的にどんどん与えられているから、人々がそれがあたかも自分自身の物語だと勘違いしている可能性があります。

  例えば、今の日本で、デビ夫人よりもっとすごい物語は何であるかというと、「会社の物語」ですね。99年の統計だと確か80%以上の方がサラリーマンだと 聞きました。サラリーマンはどこかの企業に所属しているわけですから、その企業に所属している物語というのが必ずあります。だから、サラリーマンも、企業 から与えられる「物語」があって、それを自分の物語と思ってしまっているところがある。でも、それがほんとかどうか分かりません。企業から与えられている 物語を自分の物語に変えていく作業がどこかで必要だと思うのです。ただ与えられたままでやってしまったら、物語の力にならないという感じがします。

 今の心の病とか、心の闇っていう話も、「物語」の話と通じるものところがあるかも知れません。ここで、物語、物語と言うけれども、カウンセリングで一体どんなことが行われているのかということをお話しておく必要があると思います。

カウンセリングとは何をしているのか?

 一体、カウンセリングとはどんなことをするんだとよく聞かれます。まず、形からいけば、私が勤務している「東京カウンセリングセンター」(当時)ならば、 予約を取っていただいて、例えば2時からの予約であれば、その時間にカウンセリングセンターに来て、50分間の面接をします。50分間8,000円です。 決して安い値段ではありません。

 その50分で、まず、初回では、なぜカウンセリングに来たのかということが語られます。そこで私たちがまず心がけていることは「聴くこと」です。「聴く」ときには、この相 手(クライアント)の方の「物語」は一体何なのだろうと思って、「物語」レベルまで聞くつもりで、一生懸命聴きます。
 その時に心がけていることは、とにかく邪魔しないことです。彼・彼女のプロセスを邪魔しないように聴くことです。研修会に出た方は少し感じられたかと思いますが、徹底して聴くということはすごく難しいです。ともかくこちらから何か言いたくなるんです。

 ぜひ一度、10分間でも試してみてください。私聞き役、あなた語り役ということで話してみると、ともかくどっかで茶々を入れたくなります。「いやー、そうじゃなくて」とか、「えー、要するに」とか、何か言いたくなるんですね。

  「要するに」という言葉、最近、多いですね、話をしてると。友達と話しても「こいつが言いたいのは、要するに~だな」と思うことがありますけど、人の話を 「要するに」でまとめて、自分の理解でしか把握していないという人がいます。ともかく、多くの方が自分の範疇で聞こうとするわけですね。

  研修会では、この「聴く」という言葉は、別名「なぞる」という言葉でみなさんにやっていただきました。「相手の話しをともかく“なぞって”ください。いい ですか、10分間なぞりスタート」とやると、「先生すみません、訊いちゃ駄目ですか?」となります。どうしても質問したくなっちゃうんですね。ほんとに質 問したくなります。話を聞いていると、質問心というか、まとめ心いうか、絶対でてくるんですよ。
  それを徹底して50分間聴くようにしています。で、私の尊敬する臨床心理学者の河合隼雄先生は、「一番すばらしいカウンセラーは、何にも言わない・何もしないカウンセラーである」と言いました。その域に達したいなと思うのですが、凡人はつい何かしたくなってしまうんですよね。でも、何もせずに、ともかく 「徹底して聴く」ことができれば、カウンセリングで起こりうる「物語の力」が出てくるんです。

 こちらが「物語を聴こう」と徹底して聴けば聴くほど、クライエントの方の語ることが、どんどん「物語」になっていくわけですね。そして、それが「自分自身の物語」になって語られていくのです。  他人から引き継いだ知識のお話だけだと、50分間は持ちません。ましてやそれが数回のカウンセリングになってくると、もう「自分の物語」を語るしかありません。その証拠に、クライエントの方はずっとしゃべります。

  カウンセリングでとても大事なポイントというか、その人自身の本当の悩みがいつ出てくるかというと、実はラスト5分なんですね。そういうことが本当に多い です。だから、ラスト5分になったときに「いやー、先生、実は今まで言わなかったんだけども…実はこうなんです」ということを、45分くらいに話し始めるんですね。わーっと話し始めて止まらなくなります。
  下手なカウンセラーは、それで延長して2時間くらい聞いたりする場合がありますが、私は、そういう場合は「それ、すごく大事な話しですから次回お聴きして もいいですか」と言って次回に話してもらうようにします。でも、不思議と次回来られても、またそのことを語るのはラスト5分になるんですね。

  それは決して悪いことではないと思います。それだけ、私たちは学んだり情報を仕入れたりしている中で、周りについてしまっている部分があって、自分が本当に核心に触れるには周りのことをペラペラ話しておきながら、最後に「実は…」と言わざるを得ないのだと思います。もし私がクライエントとしてカウンセリン グ受ける立場になっても、やっぱり最初は「いやー、先生、いい天気で富士山がよく見えますねぇ」と入って「一杯飲みに行きません?」という話もしたり、と いう感じで始まると思います。そのうち「実はちょっとこういう悩みがあって」と話をするのだけど、まだ「表」の話ししかしなくて、しばらくしてこれは言う しかない、と思ってきて「先生、実はね…、浮気しちゃったんです」となどといった核心の話をすると思うんですよ。

 だから、われわれには本当にどんどん取りはずしていかなければならないものがあると、私も日常のカウンセリングで強く感じています。それは悪いことではなく自然なことだと思いますし、その上で最後に出てきた「物語」を大切にしたいなと思っています。

ある事例から:「夢を見始めた主婦」
 もうちょっと具体的なお話をしたいんですが、守秘義務ということもありますので、ずっと以前にカウンセリングが終わった方のお話をします。ある主婦の方ですけど、その方は明確な症状があってカウンセリングセンターにやってきました。それは、台所に立っている時に、なぜか「外に出たい」という気持ちになっ て、料理も全部止めて、外に駆け出してって、ドトール見つけて、コーヒー飲みたくなったから、コーヒー飲んで帰ってきた……。一見何てことはないですけ ど、そういうことが何度も続くようになってしまったということでした。家の中にいるのが不安で仕方なくなって、外に出てコーヒーを一杯飲むと、落ち着いて 料理が始められると。  なぜこんなふうになってしまうのかな、と私も「なぜでしょうかね」と話しを聴いてるんですね。原因も今すぐには分からないし、病院に行くような状態ではないので、「しばらくカウンセリング来てみますか?」ということで、何回かカウンセリングに来られました。
 その方が、3回目くらいに「夢を見たんです」ということで、夢を語られました。こういう夢でした。  《薄霧の中に自分がいて、ちゃぽちゃぽと水の音が聞こえる。音が聞こえる方に行ってみると、船があって、その船に乗ったら沖の方に流れてしまった。どうしようと思っているうちに霧が晴れて島が見えたので、島に行って静かに座っていたら気分がよかった…。》
  私は夢分析はしないので、〔不思議な夢だな~〕と思いながら聞いていました。それから、その方はよく夢を見るようになったので、夢を聞いてほしいという希望を持たれて、毎回夢を持ってくるようになったんですね。それが、とめどもなく夢を見てくるんですよ。見たらメモでも取ってくださいとお願いしたら、1週間後にノート数ページ分になってしまって、全部読ませてもらいますと言いながらやるようになりました。   夢を見る量はどんどん増えてきて、それから5回位のセッションでノート1冊分になりました。〔夢は見過ぎるとよくないって、カウンセリングの本にも書いて あったな……〕と頭の中をよぎったのですが、そんな危ない感じもなかったんですね。でも、その方は、夢を持ってきて喜んでいました。嬉しそうに夢を語るん ですね。
 夢を語っているとき、「何でそんなに楽しそうなんですか?」と尋ねました。すると、「実は夢を書く時間が自分にとって貴重な時間になったんです」と。夜寝る前にお化粧タイムがあるんですけど、その後が夢を書く時間になったって言うんですね。30分くらいですけど、自分にとってとっても大きい貴重な時間だった。カウンセリング来る時間も貴重ですから、自分にとって嬉しいと。すごく喜んでいるんですね。  それはよかったですね。でも、書きすぎには注意してくださいね。私もとりあえず恐いので(笑)30分にとどめておいてくださいねと言いました。それがしばらく続きました。

  ところが、3,4回お会いしているうちに、ぱったり夢を見なくなったんです。理由はわかりませんが、2,3回夢を見ないときが続いちゃったんですよ。「これは何かあったな」と思いました。「最近、前と比べて夢の量が全然違うんですけど、どうかしましたか?」と聞いたら「実は、関係ないかもしれませんが、短歌のサークルに入ったんです」と。いつごろ入ったかと聞くと、ちょうど夢を見なくなった前後でした。どうしてですかと聞くと、「新聞の広告を見て、興味を引かれたので、思い切って電話して、入ってみたんです。」   朝日カルチャーセンターの短歌の会か何かですね。すごくおもしろくて、それで、いろんな方と出会って、短歌の先生とも仲良くなって、今度歌詠み会で発表することになったんです、と嬉しそうに話すんです。そうしているうちに、いつの間にか台所での症状もなくなっちゃたんですね。
 それで、このカウンセリングはもういいですねと私の方から提案しましたら、そうですね、と終わりました。彼女にとってカウンセリングが役に立ったのか、立たなかったのかわかりません。   ただ、あえて後からの理屈付けをすれば、彼女の中で「夢」という形になって現われてきた彼女自身の「物語」がだんだん現実化していったプロセスなのかなと 思うんです。訳が分からないまま終わってしまうのは情けないので、振り返ってみて、彼女のやったことは何だったんだろうと考えました。結局20回近くカウンセリングをしましたけれども、1つ思ったことは、夢を見ることによって物語を求めているということ、そして、自分の物語を現実化させる何かがほしかった んだろうなということです。解釈としては、それが症状の1つとして表われて、そこからその症状と付き合っていく中で物語がどんどん現実化していって、結局 は短歌のサークルという現実に収まったということです。

  そうやって考えると、最初にお話した夢もちょっと関係があるかなと思えたんですね。だから、彼女の暗中模索とした感じから、水っていうのは夢の中では無意識を表していると言われるのですが、そういう不思議の世界へと舟で渡っていった、この舟がカウンセリングに近いのかな、と思いながら、島に着いた。そこで 彼女は場所を見つけた。きっとまた違う島を見つけることもあるだろうな、そんなふうに感じることができました。
 これで、私の中でこのケースで起きたことに収まりがつきました。これは1つの解釈ですから、決定版ではないと思います。ただ、自分の中でこのプロセスを振り返った時に、そういう収まりの仕方もあっていいなと思います。

いろいろな物語を集めること、「事例検討」 の力

 いろいろな方のお話を聞いていて、一人一人が物語を求めている、それも自分自身の固有の「物語」を求めているということが、普段から強く感じられます。ご紹介してもきりがないんですけども、自分自身の物語っていうのもありますし、自分自身を含めた家族の物語を求めている方も多いです。そういう方は夫婦でこ られたり、ご家族でこられたりもします。引きこもりの息子を、何とかして引きこもりから出そうとしているお母さんの話や、夫婦間の仲が悪いのをどうにかし ようと思って、夫婦カウンセリングをするご主人の話や、ほんとにそれぞれです。一概に理論はつけられません。おおざっぱに言って、「物語を求めている」、 「自分自身の物語を確認したい」、そういう思いでカウンセリングに来られてるんだなあと今は感じています。
  もう一つ物語としてお話したいのは、ここでの第3回の研修会のときです。「スーパーバイズの基礎」という研修会だったのですが、終了後、私のところに出席者の感想が書かれたアンケートが届きました。それでつくづくおもしろいなと思ったことがあります。それは、いろんな人の物語の寄せ集めることのすごさです。  どんな事をやったかというと、参加者は10数名で、輪になって、1人の方が、ある困った相談の話をされたんです。その相談業務の話をしながら、そのことについて自分はどう感じたのかを全員に一通り語ってもらったんですね。質問しながら、もう少し状況を明確にしながら。

  これは、ごく当たり前のことをやっているんですよ。そのケースに関してみなさんどう感じましたか、どんなふうに思いましたか、どう工夫していったらいいと思いますか、という点についてそれぞれがただ出し合ったんですね。その時気をつけたことは、結論は出さない、出しっぱなし、それでいいと。出したまんまで、あとは、それぞれが自分で考えるという状況にしました。
  これは、「事例検討会」というやり方です。それは簡単に言えば、それぞれがケースを通して、このケースをどう読んだか、物語を読むという姿勢をそのまま 語ってもらったんですね。そうすることによって、みなさんの感想を伺ったら、これが非常に面白かったと言ってくださった方が多かったんです。   自分の発想は1つの発想だけど、他の人からそれも10数名の発想で、そのケースを読んでくださったので、そのケースが非常に膨らんで見えた、とても貴重な 機会だったといってくれた方もいました。これが「事例検討会」の待っている「力」なんだろうなと思います。これも「物語の力」です。物語はいろんな物語が 集まれば集まるほど、力になるんですね。

「心理臨床学会」 という 「事例検討」 の場について

 これは、われわれの業界の話ですが、今、心理学の学会で学会員数が一番多いのは、「日本心理学会」ではないんです。日本心理学会は全ての心理学会が集まっ ている最大規模の学会だと思われる方が多いと思いますが、実際に学会員数が多いのは「日本心理臨床学会」という学会なんです。心理の臨床ですから、私たちのようなカウンセラーが集まっている学会です。

 この学会のことを お話したのは何故かというと、この学会はとてもユニークな学会なんですね。学会というと、何か出たことがある方もいるかもしれませんが、どんなイメージか というと、壇上に立って15分間、医学の学会だと7分くらい、ペラペラとスライドを使ってしゃべって、はい次の方。途中で鐘がチーンとか鳴ったりしてどん どん流れてくのが普通です。しかし、この心理臨床学会は、1つの発表に2時間半かけます。発表が2時間半です。2時間半何をするかというと、1つのケース だけをみんなで大ディスカッションです。  もちろん最初の1時間く らいは発表します。残り1時間半は、隣に司会者がいて、「みなさんどうですか」と。フロアーのみなさんからワーっと意見が出るわけです。これは1つの事例検討です。かなり画期的な学会です。20年前にできました。学会員数が今、1万人近くになろうとしています。日本最大の学会になりました。なぜこんなに増えてしまったかというと、やはり「何か知らんけどこの学会(事例検討会)に出ると力もらうわ」という人が多いからですね。

  実際私も、フロアーにいたり、発表したりすると、面白い。「明日からのカウンセリング頑張ろうかな」って気持ちになるんです。不思議です。例えば「お母さんのカウンセリング」という発表があって、私は興味がないテーマだと思っても、出てみると面白い。何か知らんけど面白い。「何だこのワクワクする感じ」っていう不思議な現象が起きます。
 「自閉症児のカウンセリング」も全然やったことがありません。学会で「自閉症児のカウンセリング」の発表コーナーに行きます。出ます。自閉症の方には会ったことがないけど、何か知らんけど「力」になる。これ不思議な現象です。
  だから、理屈抜きで事例検討することによって自分に対する「物語性」が開発されるというか、力をもらいます。これはまだ理論化にされていません。ただ一つ 言えることは、事例検討というのは出た人たち一人一人に力がつく、何か「力」をもらう、エンパワーメントされる、そういう現象が起きるということです。その現象が起きている一つの証明は、この前の研修会アンケートのコメントだったし、心理臨床学会が爆発的に会員数を増やしているという事実にも現われています。

スクールカウンセリングにおける 「事例検討」

 さらに、今、スクールカウンセラーの制度が広がっています。5年前の1996年に文部省(現文部科学省)の実験事業として始まりました。5年前は学校にスクールカウンセラーが配置されたのが全国でわずか150校でした。ところが今では2000校です。2002度以降は正式に制度化される可能性が高くなっています。
 (注:2007年度は全国の公立中学校1万校に配置されている)
 スクールカウンセラーに対して、みなさんはおそらく、こんなイメージをお持ちではないでしょうか。まずスクールカウンセリングルームがあって、そこに生徒たちが入って、遊びとかをして帰って行くという感じ。   私自身はスクールカウンセリングの経験はないですが、スクールカウンセラーの人とたくさんお話しして、事実はどうであるかというと、子どもたちが遊びにく るというのも少しはあります。でも、実はスクールカウンセラーが一番機能しているのは、「先生方との対話」だというんですね。先生方と話をしていると。先生方がカウンセリングを受けることもあるそうです。

  さらに、校長先生にお願いして、学校で事例検討会をしているそうです。学校の中での事例検討会では、職業上の上下関係を持たせないのだそうです。体育館に車座になって、それぞれ自分の、今ちょっと抱えるのがたいへんだなと思っている生徒について語ってもらう、ただそれだけだそうです。それに対してみんなで 話をする。それをみんなで聞いている。それも一つの事例検討のやりかたです。そういう会の効果があったという報告が多いです。先生方もそれで力をもらっている。スクールカウンセラーがこれだけ増えているという要因になっているのは、ケース検討を学校の文化に導入したというのもあるのかなあという感じを持ち ました。 子ども達の 「自分の物語」 に対して あっという間に残り時間あと5分ですので、最後に残しておいた、「17歳問題」についてお話しします。Z会では相談業務に携わっている方も多いですし、Z会として、思春期の心の悩みにどう対処するかというお話をしてほしいと言われていますので、私なりの考えを言いたいと思います。

  やはり「物語」というのは今日のキーワードだと思います。仮説ですけれども、今の思春期の子どもたちは、「自分の物語」をほんとに求めている。すごく求め ていると思うんです。だから、決して健全な物語を作ろうとしてないかもしれないと思うんです。人を殺した少年も、人を殺したい、殺すという「物語」を彼の中で作ろうとしたんですよ、ある部分では。

 それは決していい物語ではないです。ただ「物語を作ろう」という部分に関しては、応援してあげなきゃいけないなと思います。もっと面白い物語あるから作ろうよ、と働きかけるのが必要だなと思うんです。   もちろんZ会という立場と、私たちカウンセラーの立場とは違うと思うので、注意しなければいけないのですが、われわれは物語を作ることにとことん付き合います。ぎりぎりのところまで。人を殺したいということにもぎりぎり付き合います。でも殺させません。もちろん、殺させないようにがんばります。でも、「作 りたい」という気持ちにはぎりぎりまで寄り添って聞いていきます。
 もちろん、それをZ会ができるわけがない。そこで考えるのは、付き合えないならば、Z会とその少年少女の方と間に、「置いてあげる」ようなつもりで何か言葉を投げかける必要があると思うのです。
  ちょっと具体的に言います。この前、Z会から相談を受けたことがありました。こういうことでした。添削問題に「感想欄」がありますね。最近はだいぶ過激なコメントを書いてくる方が多くなってきているということで、私に相談されたのは、こういう風にかいてありました。中2生の男の子で、「ただいまより殺人の実況中継を行います」と感想欄に書いてあったんですね。同じ子の別の答案には、「父親殺してぇー殺してぇー」。そういうことが書いてあったんです。それに対してZ会としてはどう対応したらいいのかと。
 添削指導者の方は、「親は君を愛情もって育ててくれたんだからもう一回親と話し合ってみたらどうですか?」と指導欄に書いています。それはそれでコメントと してはよかったと思うんですけれど、やはりハラハラしますね。どうしたらいいのか。お客様センターを通して何かその子に声をかけたほうがいいんじゃないか、という相談を受けたわけです。  その相談を受けた時に私が考えたことは、その子が本当に父親を殺したいのか、実況中継をするくらいの殺人事件を起こそうとしているのかということでした。この文面からは 本当には分からない。それがわからない限りは、その子がどれだけの判断ができる子なのか、1回試してみたほうがいいと思ったんです。

  そこで、こういう方法を提案しました。もう一回待ってみて、同じような過激な内容のコメントをその子が書いてきたとします。その時に、Z会としてはこういうふうにいってみてはどうですかと。「そういうようなコメントを読ませてもらって、とてもびっくりしました。びっくりしたし、Z会中が大騒ぎしています」 と。「これはどうにかしなければと思っています。ですから、もしも本気ならば、Z会としては両親に電話せざるを得ません。心配ですから」と。「でも、もし本気じゃないならば、こういうことを書くのはもうやめてもらえないか」と。  当たり前の対応だと思いますが、そう書いたらどうですかと提案しました。そこにはいろんな意図があります。そう書いてまだ書いてくるようだったら、これは危ないです、はっきり言って。その子は、現実検討能力が低いといえる。
  現実検討能力が低いということは、佐賀や愛知の、少年犯罪を起こしているあの子たちと同じような状況ではないかと思うのです。あの子たちははっきり言いますと病理です。あの子たちは、現実検討能力がなくなってしまうくらいの病理ですので、その子も同じくらいの病理の状態だと十分に考えられます。でも、もしそれでもう書かなくなったなら、現実検討能力があるのですから、それで十分だと思います。つまり、この提案の1つ目の意図である「チェック機能」ですね。  もう一つの意図は、彼に対する「提案」です。提案というのは、こういうことをすると、どういう社会的状況が起こるのかを提示するということです。彼に対して、判断する「間」を置いてもらうような提案なんですね。  あなたがやっていることがずっと未来にはどうなっていくのか、そういうことを提示していますし、だからこうしてくれないか、という提案をしているわけです。
  当たり前ですが、今の子どもたちがみんな佐賀の事件のような「心の闇」の状態であるわけではありません。そう私は確信しています。もちろんあの佐賀の事件のような悲劇は起きますけれど、それはごくまれで、やはり分裂病(現在の統合失調症)のような、神経症よりももっと重い病理をもったごく一部の少年たちではないのかと感じています。  実際、佐賀の事件に関 してだけですが、彼は「行為障害」という診断をされました。あれは時代が違えば「精神分裂病(現在の統合失調症)」と名前がつけられたはずです。分裂病は確かに17歳という時期には発症しやすいことは、精神医学でも言われています。ただその割合はかなり低いですから、ごく一部の子が起こしたことを、すべての17歳の少年にあてはめるのは変だなと思います。

  ここにもコピーを持ってきたんですが、何日の朝日新聞か忘れたんですけど、東大の広田助教授が書いた、「メディアと青少年の凶悪化現象」という夕刊の記事があります。少年犯罪の統計がとってあるんですね。広田助教授の話によると、少年犯罪率は、30年前からすると4分の1くらいに落ちています。少年犯罪の数は減っているけれど、なぜマスコミにこんなに取り上げられているのか。それから、若年層の凶悪化が起きているという情報が流れているか。それは、20代の犯罪が激減してるからなんですね。その代わり、14、15歳の犯罪率が横ばいです。だから割合としては未成年のパーセンテージが上るという統計的な現象が起こっているわけです。全体として少年の犯罪率が減っているという話は、例のワイドショーでも有名な福島章教授も話していましたし、実際減ってるんですね。また、ある一部の病的な方が起こした犯罪が、メディアで劇的に取り上げられて、メディアの「物語」として語られ、それが共有されるわけです。これはすごく恐いです。

 そのメディアの影響で、今の10代の子たちが「モノまね」する可能性があるんですね。それも恐いです。ちなみにこれは想像ですけど、先ほどの「ただいまより殺人の実況中継を行います」と 言っていた頃は、「クイズ」というテレビドラマがはやっていました。ドラマで犯人がやっていたショウとまったく同じセリフです。真似ている可能性は十分あります。

 でも真似ることは悪いことではありませ ん。「自分の物語」をそうやって実現しようとしたけれど、でもそれは健全な方法ではない。だから、それは健全じゃないよ、これ以上続けたら困るよ、と伝えることは、大人として必要なことだ思います。「おかしい」と伝えること、そして、「こうしたらいいんじゃないか」と提案すること、これが、カウンセラーと か親とかのように「直接」かかわることができない大人としてできることかなと思います。

  昔だったら近所を歩いていて悪さしている子どもがいたら、「何やってるんだ!」と怒った時代はあったんですが、今そうすると殺されるとも限りませんからね (笑)。そういう怖さがありますので、「ちょっとすみませんけど、それやったら危ないからこうやってくれません?」くらいは言えるかもしれません。直接はなかなか勇気が持てないかもしれませんが。そういう「提案」は、今の子どもたちは受け入れられる部分はあると思います。